第34話 嬉しい誤算
「気になってた? 俺が? どういうこと?」
「え、永人君けっこう意地悪だね……そ、それはもちろん、かっこいいかもって……」
相川はもじもじしながら、ごにょごにょそんな事を言う。
俺がかっこいい? それはつまりなんだ、まさかこの子異性として俺の事見てたって事か? いやいやいや……意味わからないんですけど。百歩譲ってそうだったとして、なんで今その話になったんですかね?
「前にお話を聞いてくれた時、びびっときちゃったといいますか……」
「びびっとね、うん」
「あーでもでも! まだその付き合いたいとかまでは行ってないからね! あくまで気になるなーって感じで、まだ永人君に迷惑かけるつもりはないよ!」
「そ、そっか」
なんとなくで返事はしたものの、依然として相川の意図がつかめない。だが俺の困惑をよそに相川はさらに言葉を続ける。
「た、たぶん永人君も分かってたから怒ってたんだと思うけど……」
いや何も分かって無いし怒っても無いんだけど? 多少突き放しはしたかも知れないが。
「軽いノリだったと言いますかー……。文化祭の相談なのに、私的には永人君と一緒にいられるくらいの認識で……まぁ永人君の言う通り、遊びに行く感覚で」
ふむ、ここにきてようやく俺の求める答えの一部が出たものの……余計な情報が付随しすぎているせいでそれどころじゃない。
「せっかく永人君が本気で文化祭の事考えてるのにごめん!」
手を合わせ頭を下げてくる相川。
その姿を見ていると、少しずつ思考が整理され始めてきた。
要するに、相川にとって俺と接触できる文化祭の相談は楽しいイベント、即ち遊びであると。
そんな相川は俺が文化祭を本気でやるとつもりだと思い込んでいるため、遊び感覚で文化祭の相談に応じようとしたことを申し訳なく思い、今こうして俺に頭を下げているわけだな。
だとすればこの子、意志云々というよりも俺のご機嫌の方が気になっていたって事か。もっと単純な奴だと思っていたんだが、意外と繊細なんだな。俺をこうして引き留めてるのも俺が相川の考えを見抜いた上で怒っていると思い込んでいて、どうにか綻びを治そうとしていたというわけだろう。最初から妙な感じはしてたが、まぁこう言う事だったのね。
しかしこれは突き放し気味に接したのは失策だったと言わざるを得ないな。
相川に余計な不安を与えてしまったがために、意志について深く考えさせるステージまで持ってくることができなかった。
だが、嬉しい誤算もある。
「なんか嬉しいな」
「え?」
つい口をついた俺の言葉に、相川は疑問符を浮かべる。
「いやさ、相川がそこまで深く考えてくれてるとは思ってなかったからさ」
ほんと、見当違いにもよくここまで考えを持ってきたものだ。
「そんな事ないよ⁉ 永人君を不愉快にしちゃったし……」
やっぱそういう認識になってたのね……。一緒に過ごした時間が短いとなかなか正しく読み切れないもんだな。
「いや、そうやって考える事が出来る時点で凄い事だよ。たぶん相川は人の気持ちが分かる優しい奴なんだろうな。もっと自信持っていいと思う」
「うー、そ、そこまではっきり言われると照れるかも……」
顔を紅くした相川は、頭痛でもするのか目を引き結び頭を抑える。
繊細な奴はちょっと褒めるくらいじゃ全部否定的な意見に聞こえるからな。これくらいほめちぎるのが丁度いいし、褒められ慣れてない分効果はてきめんだ。これでより一層俺へと心が近づくことだろう。
まったく、つくづく嫌になるね自分が。
「それでさっきの話なんだけど……」
外見、所作、なんなら性格ですら似ているなんて事は無いはずなのに、どうしてか目の前の少女の姿が幼馴染と重なる。
ただ少し繊細なところが共通しているだけ。それだけなのに正面から相川を見る事はままならない。
だがそんな顔とは裏腹に、声はひとりでに喉から前へ進もうと這い出る。
「今度一回二人で」
「……」
相川の吐息の音が聞こえる。音を出せばその先の続きが聞こえないのではないかと危惧しているように感じられた。
だが、存外にも俺の口は声を押しとどめるべく閉じる。いかに利用するためとは言え、そこまで深く立ち入る必要は無いだろう。やりすぎだ。
とは言え、みすみすこんな人材を逃してしまうのも勿体ない。
「……いや、なんでもない。また都合が良さそうなら相談するかも。その時は話を聞いてくれると嬉しい」
言うと、相川はほんの少し残念そうにするが、やがて調子よさげにで手を挙げる。
「はい! その時はよろしくお願いします!」
「おう。心強い助っ人がいて助かるな~」
「えへへ~。私がいれば百人力だよ!」
相川が笑みを浮かべると、卍卍と手をドゥルルルルする。そういやこんな顔文字昔流行ってたなー。
チックだかタックだか知らないが、これを動画にして投稿したらワンチャンバズってつべで収益化行けるんじゃないか? とろくでもない考えが頭をよぎるが、そんな事よりもっと大事な事があるので口を動かすとする。
「それと相川」
呼びかけると、相川の目が再びこちらに向く。その眼差しにはまた少し期待の色が見えた気がするが、まぁ四分の一くらいは期待に応えられるかもしれない。
「文化祭とは別に、ちょーっと相談したい事あるんだけど、後でライン送っていいか?」
「相談?」
「そう。知り合いの話なんだけどさ。若干込み入った話になるかもだけど、相川になら相談してもいいかなって」
「なるほどなるほど……。何か分からないけど、私で良ければ全然聞くよ!」
相川は片腕をまくるようにして二の腕を叩く。
一応相川になら、と強調はしておいたが、もう一押しくらいしておくか。
「サンキュー。ただ、この事はできれば俺と相川だけの話で頼みたいんだけど、いいか?」
「永人君と、私だけの……」
俺に言っているのか独り言なのか分からない大きさで相川が呟く。
「頼めるか?」
尋ねると、相川は慌てて俺と視線を合わせる。
「わ、分かった! 私と永人君だけの秘密だね!」
なんか大層なものに言葉が置き換わった気がするが、まぁ俺の意図はきちんと伝わっているようなので良しとしよう。
「それじゃ、そろそろ行こうかな。そっちもそろそろ部活始まるんじゃない?」
根回しも終わったので話を切り上げようと指摘すると、相川がはっとした表情を見せる。
「あ、そういえばそうだった! 急がなきゃ!」
「お、急げ急げ~。光陰矢の如し!」
「なるほど矢の如し……! 私は、矢になる!」
そんな事を言い残すと、相川はこちらに手をフリフリして慌ただしく昇降口を出て行こうとする。
これにて今日のトップグル業務終了。とんだ残業だった。相川の言う通り、ほんと
相川もたまには的を射た事言うじゃないかと自らの言葉遊びに自己満足してみると、ふと先ほどの話を思い出す。
そういやなんであいつ俺に好意なんて伝えてきたのかね?
考えてみるが、答えはでそうになかったのと何より疲れていたので、とりあえず相川が俺に好意を持っているという一点だけで満足することにした。
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