第33話 何故そうなったのか理解に苦しむ
透華は昇降口にはいないらしい。
恐らくこいつら含め人間とエンカしないよう多少場所は考えているのだろう。下駄箱付近にいてくれればちょこっと声をかける事ができたんだけどな。正直気は進まないが、この場は文明の利器に頼るとしよう。ちゃんと気付くといいが。
他の奴らが話しているのをしり目に携帯を取り出し、『悪い、ちょっとだけ遅れそう』と送る。
続けて、『なんなら先に帰ってくれても』と書きかけるが、ふと入学式の日の事を思い出し指を止める。
待たせるのは申し訳ないが、なんかそれ言ったら非難がましい目を向けられたんだよな。一応気を遣ったつもりだけど、透華にとってはなんか余計な気遣いだったっぽいし、それなら何も言わない方がいいのか?
書きかけていた文字を消していると、最初に送った吹き出しに既読マークがついた。とりあえず連絡がつかない事態は避けられたようで安心だ。
ホッと胸をなでおろしていると、すぐに吹き出しが出てきた。
『そう。それなら私は先に帰った方がよさそうね』
……ん。これはどういう意味だろうか。単に待つのがだるいって事でいいんだよな? それなら全然良いんだけど、なんか引っかかる。
はぁ、これだから好きじゃないんだよなメールって。相手の呼吸とか視線、身体の動きとかその他もろもろの情報が完全に遮断されるから考えを読み取りづらい。
まぁとりあえず、待つのがだるいって事なんだろう。十分やそこらとは言え、ただでさえ待っているのにさらに待たされるとなれば嫌にもなるよな。それならまぁ俺としても気を遣うし、帰ってくれた方が助かるな。
『分かった、そうしてくれ。ちょっと待たせたのにすまんな』
メッセージを送ると、既読から少し間が空いて、グッジョブした全身真っ白いハゲのスタンプが送られてくる。このアプリのマスコットキャラクターだが……普段淡々とした文しか送ってこないのに珍しい事もあるもんだ。なんならこれが初スタンプじゃないか?
不慣れにもスタンプを探している姿を思い浮かべれば、幾らか笑いがこみ上げてくる。だが同時に何故スタンプなど使う気になったのか、疑問も喉元に引っかかった。
「んじゃ、またなーみんな」
ふと、声が聞こえるので見てみると、丁度三星が同じサッカー部と思われる奴と昇降口を出るところだった。
各々バイバイしているので俺も同じように手をフリフリする。それを皮切りに、万治や宮内もそれぞれ昇降口を出ると、場には俺と相川だけが残った。
「いやぁ、ごめんね永人君! 時間もらっちゃって!」
開口一番謝って来る相川。
別に気にせずとも、メリット感じてなかったら心の中で毒づいていたくらいですよハッハッハ。
「それは全然オッケー。それよりなんか話あるんだよな?」
あちら側に任せているとなかなか本題に入らない予感がしたので、さっさと話を促してみる。
相川は少し逡巡した様子を見せた後、控えめに口を開く。
「えーっと、朝の話なんだけど……」
ふむ、やっぱりそこか。まぁそれ以外だったら逆にびっくりするよね。
「朝? あれ、何の話だっけ……」
あんまり物わかりが良くても警戒されるかもしれないので、一応とぼけておく。
「そのー……ほら、文実の相談がどうって……」
え、そっち? いやまぁ確かにその話もうやむやになったけど、この子もしかして行く気満々なの? 意志についてもっと考えてなかったの? わざわざ意志って言葉使ってそれは違うって言ったよね?
一瞬、失望交じりの疑問符が頭を駆け巡るが、よく見れば相川は頬をぽりぽりしつつ、目はどこか明後日の方向を向いていた。うーん、やっぱり意志について考えているのか? とりあえず続けよう。
「あー、それね。でも弓道部があるから無理なんじゃなかったっけ?」
弓道部を休む、なんていう選択肢は、当然の如く無いものとして俺が認識していた事を提示する。相川自身に、自分のしようとしていた事が間違っていたと自覚させるための一手だ。
「あははー……、やっぱり休まない方がいいよね……」
俺の言葉に、相川が声をすぼませぎこちない笑みを向けてくる。とりあえず狙い通りに思考を誘導できているみたいだな。
今、恐らく相川の中で俺は甘い飴を与えてくれる存在になっている。それは部活動見学の時に話を聞いた時のリアクション、およびその後の俺に対する妙な距離の詰め方を見ればほぼ間違いないだろう。たぶん今の言葉も否定してくれることを期待して放たれた言葉だ。
なので次の一手はその認識を壊す事だ。
「え、そうでしょ。遊びに行くために休むのはズル休みだと思うけど」
思い切り意にそぐわない回答をしてやると、相川の瞳孔が僅かに開く。
「えと、でもほら! 今回は文化祭の相談だよね? 遊びってわけでもないんじゃ……」
声色は明るめだが、どこか言い訳がましい雰囲気を醸している。確かに本気でやろうと思ってるなら遊びじゃないと主張したくなるのは分かる。だが、遊びか遊びじゃないかを決めるのは当事者ではなく外野だ。文化祭なんてまだまだ先の行事の相談なんざ、外野からすれば遊び以外の何者でもない。
それに、文化祭の相談が遊びに行く事と同じなのは、他でもない相川自身が明言している。
「でもさ、相川は俺と行きたいからって言ったよな? これ、どういう意味?」
「え⁉」
動かぬ事実を突きつけると、相川が肩をピクリとさせる。
なんかちょっと過敏な気もするけど気にしないでおこう。
「そ、それは……」
言いよどむ相川には明らかに動揺の色が見て取れる。
弓道部を休む理由に相川は俺と行きたいからと言った。もし仮に相川が文化祭の相談を遊びじゃないと判断しているのであれば、しっかりと文化祭について考えたいだとか、とにかく文化祭関連の理由が口をつくはずだ。
というかそもそも、誰かと行きたいって時点で自分の楽しさを優先しているのは明白だしな。自分の感情を優先させる在り方は、意志を貫いているというよりはわがままを押し通しているに過ぎない。
恐らく相川も心の底ではその事に気付いているのだろう。だがそれを認めてしまえばせっかく見つけた意志をまた見失いかねない。だからこそ俺に意志に従って選んだ、『部活を休む』という選択を肯定してもらいたい。だいたいそんなところだろう。たぶん。
「ん? 言えないのか?」
駄目押しにもう一度尋ねてみるが、相川はなかなか口を開く様子を見せない。
それどころか俯きがちに耳を紅くして意固地でも喋らない姿勢が見て取れる。
潮時かなと俺から話を切り出そうとすると、相川が突然顔を上げた。
「わ、分かった! 言うね⁉」
「え、ああ、おう」
あれ、言えるの? てっきり黙りこくるかと思ったんだけど……まぁいいか。最終的にやる事は変わらないし、相川が自覚してるならそれはそれで分からせやすいだろう。
「じ、実は……」
どこか緊張した面持ちで相川が口を開くが、そこまで緊張する事なのだろうか。文化祭の相談は遊びであると認めるだけだよな?
なんとなく腑に落ちないながらも次の言葉を待っていると、相川はぎゅと目を引き結び言い放つ。
「え、永人君の事が気になってました!」
うんそうそう。俺の事が気になって……って、は? 今相川なんて言った? 俺が気になってた? 待て待て、この子は一体何の話をしてるんだ。
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