第32話 リア充はすごい

 無事放課後のチャイムが鳴り、ついつい徒労の息がこみ上げてくる。

 目崎の口封じは結果的に成功した。

 昼休みはギリギリ教室に入る事で雑談を阻止し、間の休憩時間にはケーキの画像を目崎のラインに送り付け椅子に縛り付けた。


 後者に関してはプライドお高めの水城が自分から見下してるやつの席に行かないだろうと当たりをつけてやった事だったが、見事に的中した。

 これは目崎と水城の間に会話を起こさなかった以上に大きな成果だが、まぁそれはおいおい。少なくとも今は会話が起きなかった事実があるだけだ。


 とは言え、会話を封じたのも間の休憩時間という短い時間の中での話。同中、即ち同じ校区内に住む二人は放課後一緒に帰るはず。よって、確実に俺の話題は出るだろうが、教室の外であの二人が何かを話したところでクラスメートの耳にその話題は届かない。俺と目崎の間に変な噂が立つ事は避けられる。


 まぁ水城には恋が実らないからって別の女に手を出した軽薄男、みたいな事は思われるかも知れないが。


 これでもし水城が友情に厚い人間なら、そんなろくでもない男と関わるな、と目崎を止める可能性もあった。だがそもそも水城はそんな人間じゃ無いだろうし、仮にそうだとしても既に約束は固まり、止めるにしても場に俺がいなければほぼそれは無理に等しい。水城は見送る事しかできないはずだ。

 となるとあと片づけるべき問題は相川だが……。


「それじゃ、いっちょダンクでも決めてくるかー」

「お、ダンク! かっこいい!」

「まーね? 俺くらいになればもうダンクフィーバーじゃね?」

「おお、フィーバー! ダンクフィーバー!」


 意味の分からない会話を万治と繰り広げている最中だった。いやほんと意味わからん。バスケの話でいいんだよね?


「でもダンクっつっても入るポイント二点だよな? スリーポイントの方がかっこいいんじゃねーの?」


 概念的な会話に、三星がからかい混じりに多少具体性の伴った指摘をする。


「まじそれだよねー。てかダンクとか汗飛び散りそうでなんか嫌ー」


 そんな三星の言葉に乗っかるのは我らが女王宮内。今日も露骨に三星へ寄り添う姿勢を見せている。しかもしれっと隣とか陣取っちゃってやだまあ……それ、密です!


「紅葉ちゃん辛辣じゃね⁉ 確かに飛ぶかもしれないけどよぉ!」

「うわー、やっぱり飛ぶんじゃん。キモ! ねー沙奈」

「え、う、えーっとダンク、かぁ……」


 突然宮内に同意を求められ、どこか戸惑いを見せる相川。

 いつもなら言われるがまま宮内の言葉を呑み込んでいたのだろうが、なまじか意志について話していたため答えあぐねている、と言ったところか。


 そう考えると、なんとなく相川の意志薄弱ぶりは後天的なものようにも感じるな。意志について気付いていないというより、わざと気付かないようにしていた、というような。


 いや、だからなんだという話か。そんなものには露ほども興味はない。とは言え、手の加えようによっては俺にメリットがあるかもしれないのは事実。できれば相川には自分の意志を尊重する姿勢を崩さずにい続けてもらいたい。ここは少し動くか。


「でも俺はかっこいいと思うよダンク」

「えーマジで言ってる守屋?」


 自らの意見に対する反駁には敏感なのか、いち早く宮内は食いついてくる。とは言っても単なる会話の範疇で敵意は無さそうだ。とりあえず一安心。


「マジマジ。ガコーンってリング揺れるのとか映えそうじゃない?」

「それ! それな! もぉりぃや珍しくわかってるんじゃね⁉」


 割と万治もダンクに思い入れがあるのか俺に追従してくる。


「珍しくは余計だっての。でもやっぱ男としてはこうバシッと決めてみたいよなぁ?」

「それ! てか紅葉ちゃんが珍しいだけじゃね? 絶対ダンク女子いるって!」


 ダンク女子ってなんだよ。意味わかんねぇよ。まぁそれはいい。自分の意志に従うなら今の内だぞ相川。

 気付かれないよう様子を窺ってみると、相川は意を決した面持ちで口を引き結んでいた。どうやら前進してみる気になったらしい。


「私も、ダンク、かっこいいと、思う!」


 若干文節に区切れてたような気もするが、それでも相川は自らの意志を表明した。


「うぇーい! 第一ダンク女子発見!」

「うっそでしょ?」

「えと、なんかほら! 派手だとエモい、みたいな!」

「えー無いかもー」


 相川の言葉に納得いきかねるのか、宮内は軽く眉をひそめた。

それほどまでにダンクシュートの印象が悪いのか、あるいは意見に追従してこなかった相川に辛酸をなめているのかまでは判別できない。


 相川も宮内の心情を図りかねているのか少しだけ気まずそうに頬を掻いている。おかげで会話が止まってしまった。


「まー、ぶっちゃけ派手な動きのダンクも魅せるプレイではあるよなー」


 束の間の静寂を破ったのは三星だった。

 宮内が視線を三星の方へとやる。まぁ三星に乗っかる形でダンクを否定した宮内からしてみれば裏切られたと言っても差し支えないからな。まぁ怒ってるのか驚いているのかまでは正面から見て無いので分からないが。


 何にせよ、三星の発言が少なからず波風を立てたのは間違いない。さて、その風が引き起こすのはさざ波か波浪か。まぁこれくらいで波浪が立ってたら世話ないか。

 特に気にせず光景を見守っていると、宮内が口角を少し上げた。


「まー確かに動きはね。でも汗はキモいから制汗剤は絶対付けてよね~」


 言うと、宮内がどこから取り出したのか小ぶりのスプレーを万治の脇に向けて軽く発射する。


「うおっ! いい匂い⁉」

「でしょ? フレッシュサボンだってー」

「うお、なんそれ⁉ おしゃんてぃじゃね⁉」

「花の名前かなんかじゃない? ほら、もっとかけな!」

「ふぉ~フレッシュになっていくう!」


 宮内からスプレーを吹きかけられ喜ぶ万治。その姿が変に映ったか、三星も相川も笑い声を上げるので俺も適当に笑っておく。スプレーの花のような香りも相まってか、幾らか場が和やかになったのを感じた。


 しかし宮内も話の運び方が巧い。主張は曲げない姿勢を示しつつも、場の雰囲気を良い風に持って行くとは。こんなのはたぶん並の人間が咄嗟にできる事じゃ無い。リア充すげー。


「それじゃ、そろそろ行くかー」


 感心していると、三星の号令がかかる。他の連中も各々同意するので、俺もまたそれに合わせる。


 ようやく解放されるかなと心中で一息つきつつも、一応相川の様子を窺ってみる。


 今のところ何か言い出す様子は無さそうか? 多少アテは外れたが、たぶん透華が今日も待ってくれているだろうから、正直あまり待たせたくはない。となれば相川の事は諦める方が個人的には負担が少ない気もするし、それはそれでいいか。


 相川無しで計画を進める方向に切り替えようと、ぼちぼち今後の事を考え始めると、昇降口近くに差し掛かったところで耳元に声がささやいた。


「永人君、この後ちょーっとだけお付き合い願いたい事が……」


 他の連中が談笑している合間を縫って声をかけてきたのは、勿論相川だ。

 まぁ、そう楽には行かないか。

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