第31話 厄介な女

 昼休みは学生生活において大事な時間だ。

 それは言わずもな学生同士が濃密なコミュニケーションを図れるからに他ならない。そして自らを対人関係の鎧で武装したい俺にとっては、より貴重かつ重要な時間である。利用しない手はない。相川の事もあちらが動いてこないとどうにもならないし、時間は有効活用させてもらう。


 いつものメンツの輪から外れトイレに行った昼休みの帰り道。だいたい立場は安定したと思われるので、さらに手を拡げるための算段を立てる。


 推定教室内の俺の認識はトップグルの一員。ある程度馴れ馴れしくしても違和感を持たれないだろう。とは言え俺には透華と言う特殊なつながりがある。一部には変な奴と思われている可能性もあるため、話しかける相手はそれなりに選別しておいた方がいい。


 あるいは教室内の俺に対する認識が確定しないうちは、交友関係の拡大を試みるには時期尚早と考える事も出来るが……目的を達成するには俺のクラスに干渉する力は極力引き上げておきたいからな。


「やっぱやるしかないかー」


 一人ごちりつつ教室の前まで戻ると、中でアの口をした目崎と目が合う。こりゃ教室に入ったら即話しかけられてちょっと面倒な事になりそうだ。ほんと、つくづく俺を思い通りにさせてくれない奴だなあいつは。こっちは交友関係広げようって思ってたのに。


 話すならこっちに来いという合図として、一応笑みを向けアイコンタクトをしてみる。


 まぁ気付かなかった時はそのまま教室をスルーして校内徘徊して時間でも潰そう。グループの連中にはお腹壊したとか適当な事言っておけばいいだろう。もしくはあえて本当に徘徊してた事を伝えてネタにしてもいいかもしれない。


 目崎以外の奴らが勘付かないようさっさと教室の前から去り少し先で待っていると、すぐに扉が開き目崎が追いついて来た。


「守屋君どこ行ってたの~!」

「トイレだけど」

「ふうん、じゃあ今からどこ行くの?」


 やべ、事後報告は想定していたが事前報告は想定してなかった。


「あー、っとそう、購買行こうと思ってさ」

「あ、じゃあ愛も行く~」


 いや付いてこないで?


「お、目崎さんも来い来い~」

「いぇーい!」


 まったく面倒な。まぁでも今回は俺も悪い。いくら咄嗟に出た言葉とは言え、脂肪保管庫が立派な目崎相手に購買をチョイスしたのは良くなかった。


「それでね、守屋君。明日ね、ここがいいと思うんだ!」


 それってどれ? 脈絡もなく指示語を使うんじゃない。日本語が不自由なやつだな。


「ここ?」

「そう、これこれ」


 聞き返すと、目崎がスマホを差し出してくる。

 ま、まさかこいつ、日本語が不自由だからって日本人相手にも翻訳アプリを……!


「あー、ね」


 スマホ画面に映っていたのは、どうやら明日行くケーキ屋さんの情報らしかった。まぁ流石の目崎もそこまで頓珍漢ではなかったか。


「守屋君?」

「ああ、ごめん。どれどれ。おもてなしパティスリー……場所は……おおう?」


 読んでみて絶句した。何故ならケーキ屋の住所はあろうことか隣県。その上レビューには行列ができており、食べるなら午前中から並んでおいた方がいいというような内容が書かれている。


 しかもこのお店、どうやら最近有名になったらしく、その理由が有名モデルがインスタで紹介したからとかで、それは即ち味で有名になったわけではないという事だ。実際、高評価レビューが立ち並ぶ中に時々低評価レビューもついている。


 勿論低評価はやっかみの可能性もあるが、ミーハーなイマドキ女子共の高評価なんてのも今の政治家並に無責任で信用ならないだろう。映える(笑)で星5とか草芽生えるわ。


 ましてや相川も来れないだろうからメリット激薄だし、このままじゃ貴重な休息日を無為にぶっ潰すことになりかねない。今回は勿論抵抗するで!


「えっと……ここ?」

「うん!」


 声に否定的なニュアンスを込めたつもりだったが、目崎には当然届かない。なんならさも決定事項と言わんばかりに笑顔で頷いて来たあたり、肯定的に捉えられてるような気もする。ならば拳で……する前に目崎の脳みそに合わせて分かりやすく抵抗しよう。


「ここじゃないとだめ?」

「だめ!」

「でもすごいならんでそうだよ? つかれない?」

「へーきへーき~」

「べつのけーきやさんとかは……」

「ここがい~い~」


 駄々をこねる子供のような目崎に降りる様子は微塵もない。

 クソッ、やっぱり無駄かよ! ほんと我が強いなこいつ。もっと相川の意志薄弱ぶりを見習ってはいかがですかねぇ?


「オッケー! じゃあこの店にするか!」

「わーい、楽しみだね~!」


 お前だけがな!


「ほんとそれなー!」


 マジで拳で抵抗してやろうかとも脳裏をよぎるが、ネットのおもちゃになるわけにはいかないので我慢する。


 もはやこの際だ。むしろこれを好機として捉えよう。恋人まで行くのはごめんこうむるが、より親睦を深めて将来的に関係性を友達以上のものへと昇華できれば、より幅広い用途を思いつく事が出来るかもしれない。あくまで希望的観測だが。


「何かあるかな~?」


 目崎が口を開くので見てみれば、購買のすぐそこまで来ていた。

まぁこの時間じゃろくなモンは無いだろうな。購買と言っても規模は公立じゃたかが知れてる。


「まー、多少カロリー摂れるのはあると思うよ」


 パサパサのくそまずメイトとか。

 テキトーな相槌を打ちつつ購買に入ると、朝にはパンやらおにぎりが敷き詰められていたトレイは案の定スカスカだった。あるのはメイトと不味そうな豆大福、あとは何故高校に置いてるのか知らないが、酒のアテに使う様な謎のスナック菓子くらいだ。


 全部イラネとそのまま外に出ようと思ったが、目崎はそうでもなかったらしい。「だいふく!」と目をキラキラさせながら購入していた。


 甘いのなら何でもいいのかもしれないなこの子は。尚更隣県にまでケーキ屋に行く意味よ……。

 げんなりしながら大福を見ていると、何を思ったのかさっと大福を抱え込む。


「これは愛のだからね!」

「いや食べないから大丈夫だって」


 むしろそんな不味くて甘ったるそうなものこっちから願い下げだわ。こちとら弁当食って満足いく血糖値になってんだよ。


「じゃあいいか~」などと呑気に言いつつ、目崎は購買を出たところで立ち止まり大福を食べ始める。


 その様子を傍らで眺めつつスマホを見れば、昼休みが終わるにはまだ少し時間があるようだった。


 俺としてはこんな奴ほっぽり出して今すぐにでも教室に戻りたいところだが、そうもいくまい。かと言って変に一緒に帰ってしまえば変な勘繰りが教室内に横行する恐れもある。


 ここは先に帰らせるべきだろうが、あまり早く帰らせてもペラペラ俺の事話しそうだからなこの子。その相手は今日も変なフォーメーションで昼食を共にしていた水城や透華になるだろうから、正直それも避けたいところ。


 となれば仕方ない、今日のところは交友関係を広げるのは諦めて目崎と過ごすか。昼休み終了間際まで教室外で粘れば、たとえ一緒に教室に入ったとしても偶然を装えるはず。入ってすぐ授業が始まれば目崎も喋る隙は無いだろう。目崎相手じゃ意味ないかもしれないが念のため口止めもしておくか。


 他にも間の休憩時間だとか、相川の事だとか、考える事が山積みだがとりあえず今やるべき事をするとしよう。


 先行きについついため息がこみ上げてくるが呑み込み、代わりに目崎を引き留めるための言葉をひねり出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る