〇守屋永人の立ち回り
第30話 計画遂行に向けて
透華と共に教室へ。
まだ半分くらいしかいなさそうだが、教室内はそれなりに話し声が聞こえて来ていた。入学したての頃は葬式かと思うくらいだったのに、案外空気感は変わっていくものだな。
例の如く透華は自らの席へと行くので俺も自分の席へ着くことにするが、俺の席は前方三名がいないせいか少し閑散としていた。どうやらまだ学校に来てないらしい。
唯一万治は座りながらスマホを触っているが、こちらに気付くといやらしい笑みを浮かべる。
「おっ、もぉりぃやじゃんか。今日も彼女と登校とかマジアオハルじゃね?」
席に着くと、万治が声をかけてくる。ラインや見てたのか。盗み見は良くないが、トーク画面に並ぶ名前は平仮名が多そうだな。
「そんなんじゃねーよ。それよりお前はバスケ部でいい女子捕まえられたのか?」
打たれたボールを打ち返す。いつもの会話のラリーだが、丁度いい。万治には少し振っておきたい話があった。
「あ、それ聞いちゃう? まー軽くラインとかは交換したっつーか?」
「何人と?」
「今のとこ五人?」
流石は卍、その字のごとく色んなところに手を回してるようだ。
「くっそ、負けたー。お前の方がアオハルしてるじゃん。一人交換して喜んでた俺が馬鹿みたいじゃねーかぁー!」
少々大袈裟に頭を抱えてみせる。
「ったく、まだまだだなもぉりぃや。でも一人交換できてるのは褒めてやってもいいぜぇ?」
「くっそ、覚えてやがれ……」
俺は忘れるけど。
「で、誰と交換したん? まさか清水さんとか言うんじゃね?」
期待の三日月目がこちらを向くが、残念な事に透華の連絡先は元々知っている。ここでわざと偽って面白さを提供するのも有りだが、今回はやめておこう。
「いや流石に別だから」
「ほほぉ。それじゃあ聞かせてもらおうか?」
ニヤニヤしながら小突いてくるので、顎で目崎の方を指し示す。
「目崎さん」
言うと、万治が軽く目を開く。
「まぁじか。もぉりぃや地味にやってるくね? 目崎さんとかけっこうポイント高くね?」
「やっぱそう思う?」
「そりゃだって可愛めだし、何よりこれこれ」
そう言う万治は胸の辺りに手で何やら丸いものを形づくる。まぁ割と制服越しでもあれは目立つよな。俺としては体重を増やすための重石にしか見えないが、まぁ世の男は大抵好きだよな。
「やっぱでかいよな?」
「そりゃもうクラス一じゃね? てかなんでもぉりぃやが目崎さんと交換してるわけ?」
「まあ文実一緒になった勢いで?」
「あーね? こいつやってんなぁ」
何をやってるのかさっぱり分からんが、まぁ万治の中では何かが行われているのだろう。卍語録と位置付けて深く考えない事にする。
「でも万治五人だろ?」
「ま、それは俺の成せるワザってやつよ」
「うーわ、お前もやってんなぁー」
自分で言っててよく分かってないが、卍語録は何も考えずに使えるのがいいところだな。
さて、とりあえず万治の目崎に対する認識はわかった。一応マイナスイメージよりはプラスイメージが先行しているらしい。それさえ分かればもう確認する事はない。あとは三星と宮内も気になるところだが、この二人は今の俺じゃコントロールできる気しないからな。一旦置いておこう。
次にやるべき事を頭で再確認していると、ぱたぱたと騒がしい音が聞こえてくる。
「あ、永人君と仁君だ! おはよ!」
見てみれば、相川が教室に入って来ていた。八時十五分、直に他の奴らも来ることだろう。
「おう、おはよう」
相川は自らの席へと向かうので手をあげ応じる。
「沙奈ちゃんおっはー……っべ、ライン返信しないと」
万治が言うので見てみれば、スマホの通知が幾つか溜まっていた。恐らく交換した女子からだろう。
俺が盗み見ていることなど気付く様子もなく万治はラインに集中し始める。丁度いい、今のうちに相川に明日の事を聞いてみよう。
「そういえば相川、弓道部の雰囲気はどうだ?」
カバンを机の横にかけている後ろから話を振ると、相川はくるっとこちらを向いて笑顔を向けてくる。
「いい感じだよ! 先輩達もみんな優しいし、入って正解だった!」
「それは良かった。やっぱり雰囲気って大事だよなー。俺も早く部活決めなきゃな」
「そうだねぇ」
ああ、そうなのね……。
相川には息を吐くように肯定されてしまったが、実際その通りだと思う。今の感じだと地位については帰宅部でも保てそうな気もするが、そもそも帰宅部では人脈が広がりづらい。何らかの部活には入っておいた方がいい。
でもだからと言って、安易な文化部に入ればむしろ地位についてデバフ効果がかかってしまうかもしれない。となると、やっぱ多少スキルのある剣道部が妥当なんだろうが。
「どうしよっかなー」
などと悩む素振りは見せてみるが、所詮弓道部の雰囲気についての話題は話の枕だ。さっさと本題に移ろうと「まーいっか」と言葉を挟むと、同時に「じゃあさ」と相川の声が重なる。
「ん? どうした」
「あ」
本題への移行を保留し聞き返すと、相川がまずそうな顔をする。
「な、なんでもない! ごめんごめん」
「おう……」
相川がえへへーと笑いながら後頭部をさする。どうやら相川の悪癖が出たらしい。意志の薄弱は健在か。
ま、話を続けてと言うならそうさせてもらおう。相川の意志が薄弱だったとしても関係の無い話だ。それにできるだけ話は手早く済ませておきたいしな。
「明日もやっぱり部活あるの?」
「うんあるよ!」
相川はぐっと手を拳を握る。やっぱりあるよな部活。
「ちなみに午前? 午後?」
「えっとね、明日は先輩達が練習試合で全日だよ」
……おっとぉ、それは考えて無かったぞ? しかも練習試合って事はちょっと遠出するって事だよな?
「マジか、ちなみにどこでやるの?」
「
真高か……。最寄りの駅から十個以上駅が離れていたか確か。ちょっと遠いな。
「なるほど、な」
こりゃ明日はキツそうか? 一応時間も聞いとくか。
「終わるのはだいたい何時くらいになる感じ?」
「六時くらいだと思うけど……」
応える相川だが、その目はどこか不思議そうにこちらを見ている。ちょっと根掘り葉掘り聞きすぎたか。そろそろ切り上げた方がいいな。
「そっか、いやごめん。相川が暇そうだったそうだったら誘いたいところがあったんだけど、厳しめっぽいな」
「え?」
「でもこの時期から練習試合ってアクティブな部活じゃん。相川の言う通り弓道部大正解だな」
とりあず肯定感を高めておいてこちらへの心証をよくしようと目論むが、相川の表情はどこか浮かない。
「うん、そうだけど……」
何やら逡巡した素振りを魅せる相川。何か言いたい事があるらしい。
言わせてやるべきか少し悩むが、俺に対して否定的な意見だったとしてもこれからの糧になるので、次の言葉を待つことにする。
黙っていると、相川も会話のバトンが自分にある事を悟ったか控えめに口を開く。
「ちなみに、お誘いと言うのどういう……」
相川は少しもじもじしつつ問いかけてくる。
何を言って来ると思えば意図の主体が曖昧な質問だな……。どういう想像をしてるのか判別しづらいが、この感じだと変な誤解してそうな気もするな。
一から目崎とかの背景を説明するのも有りだが、正直誰が聞いてるとも分からないこの教室で目崎の名前は出したくない。特に水城に聞かれると計画に支障が出る恐れもある。
だとすれば目崎の事を伏せつつ誤解を解くのが最善だが、なんて説明するかな。
「いやさ、俺割と文化祭ガチろうかなって思ってて、早めに相川に相談しようと思ってさ。相川文実けっこうやる気あったっぽいし」
私を使ってくれと懇願してきたのを俺は忘れてないからな! お望み通り使い倒してやるぜぇ!
というのは勿論嘘だ。ガチる気だってさらさらない。まぁ理由付けするならこんなもんだろ。
「あー、なるほど! そういう事かぁ! そうだよね⁉」
相川が張り上げ気味に言う。ある程度納得したっぽいな。ほんとやめてよね変な誤解するの。
「他に何か理由あるっけ?」
「ないよね! うんうん」
一言しれっと言葉を挟み駄目押しする。とりあえずこれでいらぬ考えをさせずに済むだろう。
しかし相川がいないとなると目崎と会う意義が半減するな。休日返上してまで外出するというのに報酬が目崎との距離を縮めるだけだと割に合わねー。一応それでも計画は進むけど、遠回りすることになりそうだな。
頭で計画を調整していると、ふと相川が呟く。
「それだったら私、弓道部休もうかな」
「ん?」
今この子なんて言った? 弓道部休むって事は俺の方を優先しようとしてるのか?
俺が聞き返したのをなんと捉えたか、相川は言い訳がましく続ける。
「そのー、別に練習試合って言っても、一年生行っても行かなくてもどっちでもいいやつで……」
「うん」
少し期待を込めつつ相槌を打つと、相川は苦そうな笑みを浮かべつつ頬を掻く。
「一応先輩にはもう行くって伝えてたんだけど、ノリで言っちゃったと言いますか」
「なるほど」
意志薄弱スキルを発動したと。
「まだ体験入部の人も多いし、一年生はあんまり行く人いない感じのやつだから断ってもいけるかなーって」
「ふむ」
でも今断ったらドタキャンと変わらないんじゃないですかね?
「それに……」
相川はぼそりと言うと、一旦言葉を区切る。
黙って続きを促すと、相川が控えめに視線を合わせてくる。
「私が永人君と行きたいかな、と」
「俺と行きたい?」
わざわざリピートして聞いてみると、相川目を泳がす。
「え、えっとほら! 行きたいっていう意志? だから、意志に従おうかなって……エヘヘ」
笑顔を向けてくる相川だが、その表情はどこかぎこちない。
……なるほど。相川も相川なりに意志について考えていた、と言う事だろうか。見つけただけに留まらず、それをどうにか実のあるものへと昇華しようとしている姿勢は評価に値するかもしれない。
が、方法はあまり褒められたのじゃない。確かに意志を尊重するのは大事だ。もし仮に自らの意志を全て排斥すれば、それはもう奴隷になる事と同じだからな。
とは言え、他者に迷惑をかけてまで自らの意志を押し通していては、そのうち周りには誰もいなくなるのは明白。
俺としては相川の周りが敵だらけになろうがなるまいが関係ないが……そうだな、今回は少し正しい方向に導くための手助けしてみるのもいいかもしれない。
でも手助けするにせよ、その前に相川が本当に意志について真面目に考えているのか確認する必要があるな。そのせいで多少俺への評価は落ちるかもしれないが、まぁ取るに足らない程度だろう。
「相川、それは違う」
「え?」
俺の返しが想定外だったか、相川の瞳孔が僅かに開く。もう少し間接的に伝えても良かったが、直接的に言われた方が心には残るはずだ。
「今、意志って言ったよな?」
「うん言ったけど……」
「そっか」
短く返し、席を立つ。
「てか悪い、ちょっとトイレ行って来る。さっきから我慢しててさっ」
「え、あ、うん」
出し抜けに言ったせいか戸惑い気味な返事が帰って来るが、まぁわざとそうなるようなタイミングで言ったしな。
「はいきたぁ! デート決定!」
突然横の万治が机をたたく。
いきなり音立てるなよびっくりするだろうが!
「おいおいうっそだろおい? マジやってんなーお前」
「うぇーいやってまぁっす」
「うわうぜー」
などと中身のないやり取りをしつつ、宣言通りトイレへと向かった。ここまで、相川には一度も目を向けていない。
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