第28話 目的のための1stステージ

 教室前に戻れば目崎は二者面談が始まったのか、廊下にいたのは水城一人だけだった。


「ごめん、遅くなっちゃって」

「いいよ~」


 とは言うが内心毒づいてそう。


「ありがとう。教室の前じゃなんだしちょっと離れるようか」

「それもそうだねー」


 場所を教室前から教室近くの階段下へと変える。ここには外に続く裏口もあるため、声も響きにくいだろう。幸い扉も開いてる。


「それよりも清水さんとどうだった? 何か進展あった?」


 水城がニヨニヨと尋ねてくる。


「あー、むしろ後退した?」


 軽い調子で言うと、水城が「あちゃー……」と口元には笑みを浮かべつつも、気づかわしげな視線を送り付けてくる。


 俺と水城は多少関わり合いがあるが、まだ親しい仲とは言えない。まぁ俺からしたら親しいもクソもないが、なんにせよ、この程度の仲ではあまり深いところまで突っ込む事はできまい。


 だからこそ、俺からあえてもう一度この話題について触れて、笑い飛ばすなり、前向きな言葉を言って気を遣わせないように……いつもならするところだが、今回はそうしない。別にこいつとの仲はどうでもいい。むしろ変に距離が縮まっては困るので、ここは存分に気を遣ってもらおう。


「まー、それよりさ、別の話しない?」

「ああうん。そうだね……」


 俺からの露骨な話題逸らしの提案に、水城が尻すぼみになりながらも返答する。特に親しくない相手から、あからさまに傷ついている様を見せつけられても、とっつきづらいという印象になるだけだ。その上、これ以上この話題に踏み込むなと暗に示されているのだから、水城は今俺との間に相当な壁を感じている事だろう。


 かと言ってあんまり暗いイメージを植え付けても、今後何らかの形でそういう噂が広まって俺の立場が揺らいでは困る。しっかりと会話は続けさせてもらう。あるいは情報収集とも言うが。


「そういえば水城さんって目崎さんと同中なんだよな?」


 明るめのトーンを心がけ話を切り出す。


「うんそうだよ」

「けっこう付き合い長いの?」

「うーん、そうでもないよ、中二で同じグループになって知り合ったって感じ」

「あ、そうなんだ。もっと長いのかと思ってた。仲よさそうな感じだし」


 まぁ仲よさそうと言っても、あくまでそこそこという感じだが。水城なんて特に。


「まー一応同じクラスなの三年目だしねー。なんとなく一緒にいるって言うか、腐れ縁? みたいな」

「ふーん」


 腐れ縁ね。果たして肯定的な意味なのか否定的な意味なのか。ちょっと揺すってみるか。


「でも目崎さんいるとけっこう場とか和むよな」

「単に空気読めてないだけだけどね」


 否定してきたか。


「そうかなぁ? 仮にそうだとしても、いつも明るい感じだし、一緒に居たら楽しいタイプではありそう」

「いやーどうだろ、実際一緒にいるとそーでもないよ。あたしなんかはある程度空気読んで動くけど、愛は空気読めなさ過ぎて何も考えないで動くから、けっこうフォローするのに骨が折れるって言うか。あんまり目に余るようだったら一応指摘とかするんだけど、話も通じてるか分かんないし?」


 水城が呆れた様な笑みを浮かべる。まぁ確かに話は通じなさそう。


「そんなもんなのかなぁ……」

「たぶんそうだと思うよ。ほら、部活動見学の時だって清水さんに口を滑らしかけたでしょ、守屋君の事」

「あー」


 うんうんほんとそれな。にしても水城もなかなか必死だなぁ。目崎のネガティブキャンペーン激しくない? しかもさっきなんて聞いても無いのに自分の事引き合い出してきちゃうし、水城は目崎の事を見下してる節がありそうだな。にも拘らずそちらばかりが絶賛されるから必死になっているといったところか。


 まぁそれが知りたかったから俺も目崎の事褒めまくってたんだけど、結果はずばり予想通りの期待通り。これさえ判明すればもう水城と話す必要も無かろう。


 早く目崎戻ってこないかなぁと思いつつ当たり障りのない話でも振ろうとすると、ガラリと重い音が聞こえた。これはラッキー、どうやら終わったらしい。


「お待たせ! ってあれいない⁉」


 丁度ここは死角か。胸だけじゃなくて声も大きいなあの子は。


「こっちこっちー」


 教室から見える位置に移動し手招きすると、目崎は顔を綻ばせこちらにやって来る。


「よかった~、てっきり帰ったのかと思ったよ~」


 目崎が言うと、水城があらやだぁと言わんばかりの笑みを浮かべる。いやそれだと優勝しちゃうから違うか。


「流石にここまで来て帰らないって」

「えーでも中学の時一回愛の事おいてみんな先に帰ったじゃん⁉ 愛ずっとみんな探してたのに~ぐすん」


 目崎が腕を目に当て泣いたようなそぶりを見せる。

 えー何ソレ……。


「いや~あれは愛もう帰ってると思ってたからさ」

「知ってるよ~! 次の日チョコとかもらっちゃったし今では良い思い出だねぇ」


 良い思い出って、えぇ……それ大丈夫なんですかね?

 だが俺の心配とは裏腹に、目崎は本当に良い思い出と思っているらしく、「チョコ美味しかったぁ」など思いを馳せている。人間は嫌いだが目崎については流石に同情する……。


 半ば引き気味でやり取りを聞いていた俺だが、水城もそれに気づいたらしい。こちらに目を向けると、少々早口気味に話し出す。


「あーちなみに、そういうのじゃないからね守屋君? おいていったって行っても遊びって言うか、グループ内でそういうのが流行ってたって言うか」


 つまりいじめが恒常化しているグループだったと。てかしれっと目崎に言ってた事と違うんですけど。


「あー分かる。ドッキリ的なノリね?」

「そうそうそんな感じ!」


 何がそんな感じだよ。しかも遊びだったとかS子ちゃんもそんな事言ってたなぁ。名前水城だし、もうこいつがS子でよくね?


「あ、そういえば!」


 突然声を上げたのは当然目崎である。若干びっくりしつつも何事かと目を向けると、目崎は口を開く。


「次の二者面談真衣ちゃんだった!」


 いやそんな事かよ。それくらいの事で大きい声出すなよ……。と思いつつも、さっきのエピソードを聞いたせいか、あまり憎めない。


「え、ああ、そうだね。うん。それじゃあ行ってくるね。また後で~」

「いってらしゃ~い」


 目崎に手を振られつつ水城が逃げる様に去ると、場には目崎と俺だけが残る。

 二人についてはある程度情報は得たので、別段こいつから聞き出すべき事はない。そもそもこの子の感覚はズレにズレてそうだから当てにはならないだろう。


 だが、それでも話さないといけない事はある。なんならこの話がどうなるか次第で俺の今後の動きが大きく左右されると言っても過言ではない。


 俺の見立てが正しければ恐らく思い通り事は運ぶだろうが、この子、割と言動が予測不能な節もあるからな。百パーセントと言い切れないのが辛い所だ。


「そういえば目崎さん文化祭実行委員一緒だったよね?」

「そういえば守屋君だったんだ! すっかり忘れてた~」


 えっへへ~と手を添え笑う目崎。

 いや黒板に名前並んで書かれてただろ……まぁいいけど。


「そう。だからけっこうこれから一緒に行動する事増えると思うし、良かったら親睦会でもしない?」

「シンボクカイ?」

「そうそう、どっか一緒に行って仲良くなろう的な」

「なるほどそう言う事か! 確かに愛、まだ守屋君とあんまり仲良くないもんね」

「……そうそう」


 目崎と言えど、一応そういう対人関係のラインというものはあるらしい。それにしたってそれを公言するのはどうなんだとは思うが、まぁ目崎だしな。正直嫌われてなければなんでもいい。なんなら俺の地位さえ揺らがなければ嫌われてたとしても構わなかったところだ。


「それでどうかな?」

「うん、いいよ~!」


 尋ねると、二つ返事で返してくれた。軽いなー。身体はちょっと重そうなのに。主に胸のせいで。てかひょっとしてこの子、だいぶ狙い目なのでは。スタイルとか顔面含め見てくれも良い。透華の件を絡ませないにしても、この子と仲良くなっておけば色々役に立ってくれそうだ。


「どこ行くどこ行く?」


 目崎が尋ねてくる。普段なら少し考える場面だが、ここまで関わってきた中でだいたいツボは把握した。


「じゃあケーキ屋とかどうだ?」


 言うと、目崎は目をらんらん輝かせる。


「いいねそれ! ケーキ屋さん行こ!」


 はい案の定。いつぞや誰かさんの言ったDNをドーナツと解釈したり、おいていかれてもチョコレート食べただけで良い思い出になるような奴だからな。甘い物さえ食べられればまず間違いはないと思った。


「じゃあ決まり。日にちは明日にでも決めようか」


 何にせよ、とりあえず第一ステップはクリアだ。次は第二ステップだが……と明日の行動を整理しようとするが、そうは目崎が卸さなかった。


「え~今決めたい~」

「え、今?」

「うんうん、絶対今決めた方がいいよ」


 むんと言い放つ目崎。

 はぁ、深く物事を考えないその軽いおつむでスルーしてくれればよかったものの。それはちょっと困る。


 別に目崎と俺だけならこの場で決めるのはむしろやぶさかではないが、実はもう一人この親睦会には呼ぼうと思っている。そっちのスケジュールも考慮しないといけないため、それを聞いた上で明日決めようかと思ったんだが……。


「明日じゃ駄目?」

「え~今日が良いー!」

「うーん」


 弱ったな。でも今は目崎の好感度も上げておきたいし、少し不安要素は増えるがここは目崎の言う通りにするか。


「分かった。じゃあいつにする? 今週の日曜とかいいかなって思うけど」

「日曜日かぁ。今日って木曜日だったっけ~?」

「そうだな」


 教えると、目崎が何やら指折り数える。


「じゃあ土曜日にしよう」


 いや、何がじゃあだよ。どういう経緯辿ったんだよ。


「えっと……ちなみにどうして」

「だって早く食べたいもん」


 ぽけっと言い放つ目崎。


「あーなるほど……」


 完全に私欲じゃねえか。まぁ俺も人の理由をとやかく言えた立場では無いが、それにしたって一日くらい我慢する事は出来なかったんですかねぇ? 


 まぁでも、ここは目崎と言う通り土曜にするべきかな。仲良くないと明言された関係性でこちらの意見を通そうとするのは愚策だろうし。


「じゃあそうしちゃうかー」

「やった!」


 目崎は一歩前に踏み出し、俺との距離を少し縮めてくる。もしかして心理的な距離が物理的に出るタイプなのかもしれないなこの子。


 だとすれば良い傾向だ。俺の判断はとりあえず正解だったのだろう。

 ただ、目崎はいいとしても、土曜だとあの子部活動あるだろうからそれが少しネックだな。活動日確か月~土って書いてあったし。


 基本的に土日の部活可能時間は五時までだけど、そこから合流でもしてもらおう。あの子の性格上、誘われたら断らないだろうし。


「それじゃ、そういう事でよろしく。ラインとかも交換しとく?」

「うんしよ~」


 言うと、目崎は一も二も無く了承し携帯を取り出す。

 今度こそ第一ステップ完了だ。

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