第27話 賽はこうして投げられた
「あれって……」
水城も気付いたらしく、前方へと目を向ける。
「あ、透華ちゃんだ。おーい」
目崎が手を振ると、透華は歩みを止めた。
丁度教室の方面からやって来ていたので、自然と透華との距離は縮まる。
無視してスルーするなんてもってのほかなので、話しかける事に。
「よ、透華。お前なんでまだ学校にいるんだ?」
「それは勿論永人と帰るためだけれど?」
さも当然のごとく言う透華。なんでまだいるのかと思ったらまさか待ってくれてたからだとは……。さっさと教室からもいなくなってたし先に帰ってくれるものだと。
……まぁでも透華の事だ。早く教室から出たのは単に二者面談の邪魔にならないようにという配慮だったのかもしれない。前も待っててくれたし、そこはきちんと考慮しておくべきだったな。
「そうだったのか。すまん知らなかった。でも待ってた割には見当たらなかったけどどこ行ってたんだ?」
「人が多かったから人気のない所に」
「なるほど」
まぁ帰りの間際は人でごった返すからな。必然的に接触したりもするし我慢ならなかったんだろう。いつもは少し教室でこちらの様子をうかがってから出て行く透華だが、今回は早く出て行ったため帰省ラッシュに重なってしまったというところか。
潔癖も難儀なもんだなと深いため息が漏れそうになっていると、透華は俺から視線外し横の二人へ目を向ける。
「それよりも何故、永人はこの二人といるのかしら?」
透華に射すくめられ、気まずそうにする水城。そりゃあんな事しようとしてたんだから気まずいのは当然だよな。目崎は相変わらずぽけっとしてるが、いずれにせよこいつらがいると色々と邪魔になるかもしれないし、何より透華と一緒の空間にはあまりいてほしくない。先に教室へ向かわせよう。
「二人とも先行っといて。すぐ追いつくからさ。理由は言わせないでもらえると」
あえて余計な一言を付け加え、都合のいい解釈を促す。
顔を見合わせる二人は何を思ったのかは知る由も無いが、たぶん水城はラッキーこの場から離れられるとか思ってて、目崎はこれはもしかして! そういうこと⁉ などと思っていそうだ。いや知らないけど。そんな顔はしてた気がする。
二人を行かせると、場には俺と透華だけが残った。
「えっと。それについては俺も暇だし二人もお互いを待ってる間暇だろうから一緒に待っとこうと思ってな」
「そう、ならもう私がいるから暇じゃ無いわよね?」
俺の返答に透華はしれっと答える。暗に一緒に帰ろうと伝えているのだろう。
確かに透華がいれば暇にはならないしそれは望むところだ。普段なら二つ返事でそうするところだが、状況が状況だ。正直、今のこいつらからは目を離したくない。
「あー、それなんだけどな。今日は先に帰っててくれないか?」
伝えるが、いつもより幾分か声が出しにくかった。
透華もそう言われるのは考慮していたのか、動じた様子はなく続ける。
「そう、それはつまり永人は私より水城さん達と一緒にいたいという事?」
透華がいつぞやの放課後の時と同じような質問をぶつけてくる。あの時は悪意を内包した善意を押し付けて透華を言い包めた。だが今回はそれが使いづらい。何せ男女比と言う大義名分もなければ、今回は単に待つだけ。遊ぶのとはわけが違う。俺の誘いを断った透華、という図式の効力が弱い。
それに、そうでなくとも透華をあいつらと必要以上に近づけるのも気が進まないしな。
とは言え、それ以外に良い方法を思いつけないのも事実。苦肉の策だがやるしかないか。
「前も言ったけど、そりゃ勿論透華だな。だから一緒に待たないか? 一人を二人で待つより三人で待つ方が盛り上がるだろうし、俺も透華がいてくれると嬉しい」
あの時の同じような事を言うが、これも透華は予測していたのかその瞳は特に揺らぐことはない。
「前も言った通り、それは嫌ね。人と群れるなんてごめんだもの」
「そっか、だったら……」
話を締めようとするが、そうは透華がさせてくれなかった。
「それでも」
一言告げると、束の間の沈黙が訪れる。透華の視線は少し下の方を向き、口を開くのをためらっているようにも見えた。
しかし、透華はやがて踏ん切りがつけたか顔をこちらに向ける。
「それでも、私は永人と一緒に帰りたいの」
「なっ……」
どこか縋るような眼差しと、出し抜けに放たれた言葉につい喉から音が漏れる。
つまり今、透華はこう言ったというわけだ。”あの二人の事は置いておいて私と来て。何故なら私がそうしたいから”と。
そんなものは、ただのわがままだ。論理性の欠片も無いただの感情論。仮に何か議論したとして、感情論なんて振りかざそうものならそれはただの水の掛け合い。幼稚園児同士のお遊戯になる。何故ならば、感情論とはどこまでも主観によって語られ、客観性など排除されるからだ。第三者視点が無ければ結論なんて導かれない。
だが、こと透華に限定すれば、その感情論も俺の中ならばれっきとした論理となる。何故なら、全てにおいて優先されるべきは透華だと俺自身が認識しているからだ。
透華も恐らくこの事を見越してああ言ってきたんだと思う。それは俺に対する一つの期待であり、言い換えれば信用の裏返しであると言える。
願わくば、俺もその期待に沿って一緒に帰る選択をとりたい。だが、水城たちを放置すれば確実に悪い方向へと向かう気がする。
五年前だってそうだ。俺は全てのきっかけを目撃していたが状況を放置していた。結果、清水菌などと言うふざけたものが蔓延り、透華に辛い思いを強いる結果となった。
でももし仮に、あの時俺が傍観者に徹さずなんらかのアクションを起こしていれば、あんな事態は防げたかもしれない。
俺は同じ轍は二度と踏まないと決めたのだ。だから今は透華の期待に沿う事は出来ない。
それにこれが今生の別れというわけではない。全てが終わればまた元に戻ればいい。一緒に帰るのくらい、幾らでも機会があるだろう。
「……悪い、一緒には帰れない」
たった一言を告げるだけなのに、存外エネルギーを要した。
こちらを見る透華の瞳が揺れ動く。
「それは……私よりあの二人といたい、という事?」
透華が尋ねてくる。先ほどより幾らか弱々しい声だった。それに対し、俺は信用を裏切る返事をしないといけない。
「そうだな、少なくとも今は」
「そ、そう……」
肯定すると、透華は視線を地面に落とす。声は少し震えていた気がして胸の辺りに疼痛が走るが、もう後戻りはできない。
束の間の沈黙が場を支配するが、透華がそれを破った。
「なら、仕方ないわね。引き止めてしまってごめんなさい」
「ああ、いや……」
透華は何も悪くない。謝る理由なんて何一つ無い。
伝えようとするが、既に透華はこちらに背を向けていた。
「それじゃあ、また明日」
それだけ告げると、透華はさっさと下駄箱の方へと歩いていく。
俺はただ遠ざかる背中を、佇んで見ているしかできなかった。
未だに胸の疼痛は収まる気配はない。
「知らないうちに肋骨でもやったかな……」
やっとの事で絞り出した言葉がこれだから笑える。
だが、こうなった以上俺は教室へ向かわなければならない。既に賽は投げられたのだ。
身を翻せば、長い廊下が俺を出迎える。
中途半端では駄目だ。やるからには徹底的にやる。二度とあの時のように透華が悪意に晒される事はあってはならない。それにはあの二人を透華から遠ざける必要がある。
その足掛かりとしてまずは奴らの仲を引き裂く。
目崎はあんなだし大丈夫かもしれないが、恐らく水城は惨めな思いをするだろう。だがそれは当然の報いだ。自分から近づいておいて手前勝手で透華に害を成そうとしたんだからな。残念ながら俺はそんな奴に情けをかけられるほどできた人間じゃない。
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