第26話 俺が成すべき事

 なんとなく答えは出ていたが、確信までには至らない。だが、水城はその疑問に勝手に答えてくれた。


「はぁ、あたしだって三星君辺りとか仲良くなれてたらあんな面倒な奴と一緒にいないし」

「え、そうなの?」


 目崎が聞き返すと、水城は嘲笑気味に言う。


「いやそりゃね? あの子外見だけはまぁいいじゃん? 仲良くなっとけばイケメンとかともお近づきになれそうでしょ」

「お~なるほど!」

「だから一応そばには置いとくわけ」


 水城は得意げな声を出すが、どう考えたって置物はお前の方だろう。分析した通り、水城は自分の立場が上じゃないと我慢ならない性分らしい。まるで女王だな。


 でもこれでようやくパズルのピースがつながった気がする。なんとなく分かってはいたが、要するに水城は自らの地位の向上のために透華を使おうとしたのだろう。


 まるで誰かさんを連想するが、まぁそれ自体悪い事とは思っていない。人間同士が群れるのも結局は自らの為、つまり打算だ。打算無しの人付き合いをしてる奴なんてこの世にはいない。例えばこいつといるから楽しい、なんてものも結局自分が幸福になりたいがためで、それを打算と言わずして何と言おう。

 ただ、それでも透華を使おうとしたのは人選ミスだ。


「でもうざいのは変わらないんだよね。なんか気晴らしできないかなー」

「カラオケ行く?」

「いや今からは無い……っとそうだ」


 目崎の提案を蹴ろうとしたようだが、水城は途中で何か思いついたらしい。


「清水さんの靴になんか入れとかない?」


 ……なんかとんでもない事言いだしたぞこいつ。


「入れる? お菓子とか?」

「いやそれじゃ気晴らしになんないでしょ。例えばー、画鋲とか?」


 軽く放たれた言葉に、目崎は素っ頓狂な声を上げる。


「え、ええ⁉ そ、それは駄目だよ真衣ちゃん! 痛いよ⁉」

「うそうそ、冗談に決まってるでしょ?」

「び、びっくりしたぁ」


 目崎はあの焦りっぷりと言い本当に驚いたみたいだが、水城が嘘と言ったのは果たしてどうかな。


「あ、砂とか丁度いいかも」

「うーん、それもちょっと……」


 渋る目崎に、水城は言葉を付け加える。


「ほら、潔癖症って綺麗好きって事でしょ? 砂は入ってたら綺麗にするところ増えるし、絶対喜ぶって」


 ビョーキ呼ばわりだったのを今度は綺麗好きと来ましたか。都合のいい時だけプラスに解釈しやがって。

 だいたいそうだったとしてわざわざ汚されるのを喜ぶ奴なんていないだろ。目崎だってそれくらい……


「あ、そっかあ! じゃあ砂入れよ~」


 分かるわけ無かったかー。なんていうかこの子、付き合う相手は選んだ方がいいかもな。


 ともあれ、これで完全にこいつらは透華に害を成す存在となった。このまま黙っているわけにはいかないな。放置していればいずれ透華が傷つくのは目に見えている。そんな事はあってはならない。


 足で廊下を一つ鳴らす。あいまいペアはこそこそと何やら言っていたようだが、音に気付いたか静まり返る。


 俺はたった今来ましたよという風を装って自分の下駄箱へ顔を覗かせると、先に目崎と目が合った。


「あ、守屋君だ」

「え? ああ、守屋君?」


 明らかに戸惑いを見せる水城。


「あれ、目崎さんと水城さんじゃん。こんなとこで何してんの?」


 まぁ知ってるんですけどね。どういう反応が返って来るか見るのも一興だろう。


「うん、今ね、透」

「あーえっとね!」


 目崎が何か言いそうになるのを声を張り上げ水城は制する。普通に言おうとした辺り、ほんとに目崎は悪い事と思ってないようだな。まぁだからと言ってしようとした事実に変わりないが。


「あたしらも今日二者面談でここで待っててさ四十分から愛でその次あたし……あはは」


 乾いた笑みを見せつつ早口気味にまくし立てる水城。

 下駄箱で待つなら廊下で待っておけばいいんじゃないですかね? 苦しい嘘までついて実に滑稽だな。


「あーね? 把握」

「えー、でも帰」

「そういう守屋君は? 二者面談じゃなかったっけ?」


 目崎にかぶせるように水城が言う。帰ろうとしてたもんね君ら。

 まぁとりあえずこの場は凌がせてあげよう。


「そうそう。ついさっき終わったんだけどやっぱ先生と二人って気まずくてさー。速攻で今走ってきたら水城さん達がいたって感じ」


 暗にさっきのやり取りは聞いていないと示すと、水城も幾らか安心したのか一つ息をつく。


「あーやっぱ二人ってだるいよねー。なんかわかる」


 いやそこまでは言ってないんだけど。


「でも守屋君終わったって事は次愛だよね? 行かないと」

「え~、さっきの話と……」

「話の続きしないとね。だからほら、行こうよ」


 水城が背中を押すと、「もう、真衣ちゃんは仕方ないなぁ」と言いつつも目崎はスリッパに履き替える。

 さっきの話ってこいつらまだやるつもりなのか? まぁその場しのぎの出まかせかもしれないが、念には念を入れておいた方がいいか。


「あ、じゃあ俺も付いていこっかなー?」


 言うと水城が、は? みたいな顔をしてくる。まぁそうなるよね。ただ、たぶん今の俺ならある程度許容範囲なはず。先んじては理由付けからだ。


「ほら、二人って事は待つの一人になるじゃん? 待ってるの暇じゃない? 俺も今日やることなくてさー、宮内とか帰宅部だけどもう帰っちゃったし」


 名前を出し、宮内と親しいニュアンスを込め、俺がトップグルの一員である事を暗に示す。虎の威を借る狐とはまさにこの事だ。実際宮内とは帰る道は逆方向だし、俺もほとんど透華と帰るから、ここまで宮内と何か親睦を深めたりはしていない。


 だが水城はそんな事など知らないだろう。俺がトップグループの一員である事実だけが刷り込まれたに違いない。目崎はさておいても、自らの地位を向上させたがっている水城には確実に効くはずだ。


「なるほど、ね。まぁ確かに待つの暇だし、あたしも守屋君来てくれたら嬉しいかも」


 流石トップグループの威光の威力は違うぜ! あわよくば俺を介して三星達とのパイプをつなげるかもとか思ってるんだろうなぁ。


「うんうん! それがいいよ! 愛も真衣ちゃん一人で待つの嫌だもん!」

「それはごめんねー」


 目崎の発言に笑顔を引きつらせる水城。まぁ目崎の場合は思慮の浅さとボキャブラリーの欠如からそんな言い方になったのだろう。水城もそれは分かってはいるが、プライド高いお嬢様気質のため受け止めきれないといったところか。一見相性は悪そうだが、目崎の方は有り余るおとぼけ加減で、どれほど水城がチクリとしても動じないだろうからむしろ相性は良いのかもしれない。

 二人の関係性を吟味しつつもとりあえず話を進める事にする。


「じゃあ決まり! とりあえず教室行こうか」

「おっけー」

「ごーごー」


 さて、予定変更だ。剣道部を見に行くのはやめた。

 とりあえずこれから考えるべきはいかにしてこいつを透華から引き離すかだな。

 教室に向かいながら、どうすべきか考えていると、あちらから見知った顔が歩いて来るのを視界に捉えた。

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