第22話 仮面を裏返す時

 委員会決めなどを経てHRも終わり、下校時間となった。

 透華とは普段下校も共にするが、今日は二者面談だという事は伝えてあるので透華も早々と帰り支度をしている。


「負けた……」


 透華含め皆が帰り支度を急ぐ中、目の前では相川が机に餅のようにほっぺをひっつけて滝の涙を流さん勢いだ。


「ま、いいじゃん? たぶん面倒でしょあんなの」

「そうだぜぇ沙奈ちゃん。むしろラッキじゃね?」

「うーん、そうかもだけど……」


 声色は晴れない事から、本人は本当にやる気になっていたようだ。最初乗り気じゃ無かったくせに、三星の声一つでそこまで変わるのか。思い返せば意志薄弱とは言え、なんとなく相川の主張は三星を軸にしていた気がする。


 それはつまりこの子そういう事なんじゃないの? だとしたらやばいぞこれ。宮内と修羅場はやめといた方がいいと思うな……。

 先行きに恐れを抱いていると、当の三星本人が口を開く。


「まー文実だったら守屋だったもんなー。割と楽できた感はあるよな!」


 これ訳したら面倒ごと全部押し付けれたのにって事だよね? そうだよね?


「うーそうだよね……永人君と一緒に文実したかった」


 ほらやっぱりそうだったぁ! 言質、とりました。もう引っ込められませんよ☆


「まぁ文化祭近づいたら俺と目崎だけじゃ手も回らなくなるだろうし、相川にもなんかお願いするかも」


 俺を使おうとした罪は重い。そんなに委員やりたかったんなら使い倒してやるよ。

 完全に私情から出た言葉だったが、相川はそう受け取らなかったらしい。


「え、ほんとに! 永人君私を使ってくれる⁉」

「え、お、おう。まぁ手が回らなくなったらお願いするよ……」


 なんなのこいつ。いきなり椅子反転してこっちの机に乗り出さないでくれる? びっくりするから。あと顔近い。


「やったー。文化祭頑張るぞー。お~」


 先ほどの落ち込みようから一転、顔を離すとテンアゲで拳を突き立て立ち上がる相川。感情の起伏の激しい奴だな。


「まだ文化祭遠いけどな」


 一応言っておく。


「まじそれ、沙奈はりきりすぎ」

「えへへー」


 相川は後頭部に手を当てはにかむ。こんなやる気なら逆に目崎じゃなくて相川の方が良かったな。笑顔で仕事をお任せできそうだ。ちなみに押しつけじゃ無いぞ? 適材適所による効率的な人員配置だ。

 俺がたらればにろくでもない事を考えていると、荒沢先生がこちらにやってくる。


「お話の所失礼しまーす。今日は二者面談なのでお机動かしてもいいですかね?」

「おっけーせんせー」


 三星が立ち上がると、他もつられるように立ち上がる。


「そうえば守屋二者面談だよなー?」

「ああ。この後すぐな」


 言うと、三星がにやりと笑みを浮かべる。


「そっかー。じゃ、せんせ、守屋が机全部運んでくれるって」

「え⁉ いや待って⁉」


 待てや。急に何抜かしてんだコイツ。


「え、ほんとですか守屋君。先生嬉しいです~」


 先生が手を合わせて喜ぶ。あーあ、ある程度生徒との接し方わきまえてんなぁこの先生。


「お、守屋やっさし~」

「もぉりぃや机運び好きだもんなぁ?」


 宮内が言えば万治も肩を叩いてくる。

 相川お前もかと目を向けてみれば、ふむと腕を組む。


「健闘をお祈りします!」


 丁寧に敬礼までして送り出してくれた。

 それじゃあねぇと各々教室を後にすると、教室には先生と俺だけになる。

 まぁ別に机運ぶこと自体造作もない。嫌がって見せたのはあいつらに面白さを提供したまでだ。他人の不幸は蜜の味ってそれ一番言われてるから。


「じゃあ先生、どう運べばいいですか?」


 尋ねると、先生が一瞬きょとんとした表情になる。片方の肩にだけかかった髪の毛は、クエスチョンマークでも描いているように見えた。


 あー、あいつらいなくなってつい気が抜けていたらしい。素を出してしまったようだ。俺の面の皮は分厚いものの、時々剥げかかるのは考えものだな。俺がまだ完全にトップグルに擬態できてない証拠だ。


「あ、もしかして輪にしちゃいます? 円卓会議風にしちゃいます?」


 適当にしようもない事を言って見せると、先生もふっと口元ゆるめる。


「守屋君がそうしたいならそうしますけど、次の人もいるので直して行ってくれるかな?」

「うっ、それはご勘弁を……」

「それじゃあ机は全部後ろで、二つだけ教室の真ん中に向かい合わせで付ける感じでお願いします」

「了解でーっす」


 言われた通りしようとすると、まだ何かあるのか先生は「あと」と付け加える。


「別に先生の前では無理しなくてもいいですよ?」


 机を運ぶ手が止まる。


「自己紹介の時も言いましたけど、俺剣道やってたんで、これくらいなんともないっすよ」


 言うと、どう受け取ったのかは知らないが、軽やかな笑い声か聞こえてくる。


「ふふっ、そうですね。流石全国大会ベスト4の腕。力持ち」


 ふむ、そこまで行ったとなると学校側も流石に把握してるのか。まぁ別に隠してたわけじゃないけど。単に俺がそのステータスを重要視していなかっただけで。


「あ、バレちゃってました? なんか照れますね~」


 じっとしていても同じなので、机を再度運び始める。

 後ろで何かが動く気配を感じると、ガラゴロと鈍い音が聞こえる。どうやら先生が窓でも開けたらしい。


「勿論です。なので調査票にも書いてくれるかなーって思ってたんですけど」


 調査票ってあれか、席替えの前に配ってたやつ。


「いやぁ、なんか恥ずかしくないっすか?」


 実際そう言うわけでは無く、単に学校に対してその事実を開示する必要性を感じなかっただけだ。逆に同級生間なら、全国ベスト4という肩書きはそれなりの価値がつくため開示したいところだったが、残念な事に同じクラスに剣道をやってたやつはいなかった。つまり伝達手段がない。


 まさか自分で「俺剣道で全国ベスト4だったんだぜーすごいだろー俺をあがめろー」などと吹聴して回るわけにもいからな。


「恥ずかしい、か。でも別の事は書かれてましたよ?」


 机を運ぶ任務はまっとうしないといけないので、先生の方に顔は向けないが、紙の音がしたという事は手に俺の調査票も持っているのだろう。

 ……まぁ、二者面談なんてこのために行こうくらいしか考えてなかった。


「私も清水さんが潔癖症という事は一応知らされてはいますが、どうして調査票に?」


 二つを除いたすべての机を後ろに運び終えると、一息つく。

 駄目だ、この話になるとあんまり自分を偽れそうにない。ここはお言葉に甘えて無理はしないでおくか。


「ただの潔癖症と思ってほしくなかったからですよ」


 初めて先生の方へと顔を向ける。

 どうにか作り笑いの一つでもできないかと試みるが、笑みなど一つも浮かべられなかった。対して先生は優し気な笑みを口元に湛えている。


「聞かせてくれますか?」

「元々そのつもりです」


 残していた机を教室の真ん中へと向かい合わせで並べる。

 先生が勧めるので遠慮なく座らせてもらうと、かつての記憶が脳裏を掠める。思い出すだけで不快だ。それでいてどうしようもなく愚かで滑稽。

 窓から春風が吹き込むと、静かに揺れていただけのカーテンもうるさく翻る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る