第20話 違和感は胸の内にわだかまる
「えー、でも可愛いしいいじゃん」
水城を庇ってるのか思った事を口にしているだけなのかは分からないが、目崎が不満げに言う。
しかし透華は気にした素振りなど露ほども見せず切り捨てた。
「理由になって無いわね。それとも許可でも得たの? 可愛いからつけてきますって? それともそう言えばルールを破っていいとでも思っているのかしら。だとしたら浅はかにもほどがあるわね」
これまた随分な言い様だ。まぁ一応正しい事言ってるんだけど言い方が悪い。敵意をまるで隠そうともせず、淡々と自己の主張を押し付ける。しかしそれは、たとえ正論であっても許されないのが世の常だ。水城は当然、目崎も確実に気分を害しているだろう。ここはフォローは入れておくべきか。
「相変わらず透華は真面目だなー。肩でも凝ってるんじゃないか?」
「ひゃう……っ」
いきなり肩を揉んだせいか、透華が驚きの声を上げる。
「あー凝ってるなぁ、凝ってる」
「ちょ、永人……なにを……っ」
こそばゆいのを我慢しているのか、透華は耳を紅くしつつも抵抗しようとするがままならない。とりあえずこれで思考は乱れただろう。余計な事も言うまい。
「ごめんなー。こいつ融通聞かないとこあるんだよ。本人は悪気は無いんだけど、どうしても決まり事とかそういうの気になるらしくてさー」
「うん……まぁ、一応校則違反なのは確かだし……。一応明日は外しておくね」
嫌な顔一つでもするかと思ったが、むしろ水城は粛々と受け入れているかのような気配だ。逆に言えば無表情で、何を考えているのかまでは読み取れない。
「……そっか。まぁそれならいいんだけどさ」
透華の肩から手を離す。
とりあえずこっちに来ておいてよかった。もし仮に俺の知らないところで透華がピアスに気付いていたら、かなりよろしくない状況になっていたかもしれない。水城はともかく、目崎の方は透華にも動じず反発するみたいだからな。俺がいなかったらヒートアップしていた可能性もある。
まぁ泣かされるのは目崎の方だろうが、もしそんな事態になれば今後尾を引く事は間違いないだろう。憂いの芽は摘んでおいた方がいい。
「そう言えば守屋君、清水さんに用があるって言ってたくない?」
水城に言われて思い出す。さっきのやりとりのおかげで口実については考える時間があった。
「そうそれそれ」
適当に相槌を打ち、透華の顔が見える位置へ移動する。よほどこそばゆかったのか、未だその頬は少し紅い。窒息死とかしたらあれだしこれからはもう少し控えめにすすべきか。まぁ反省は後だ、要件を済ませよう。
「なぁ透華、さっきの現社のノート見せて欲しいんだけどいいか?」
無難だがもっともらしい口実だろう。水城たちもこれなら納得するはずだ。
しかし肝心の透華はどうにも腑に落ちなかったらしい。すっかり顔色も戻ると、短く尋ねてくる。
「ノートを? 何故?」
「いやーちょっと寝ちゃってさ。書けてないところが……」
「嘘よ」
「いや……」
思いがけない返しについ言葉が詰まる。何故なら透華の指摘は正しい。俺は現社の時間はおろかずっとすべての時間寝て無いし、きっちりノートもとっている。クラスでの地位をあげるにはテストの良さもステータスになる。でもその事は透華含め誰にも言っていない。
かと言って透華が俺の事を逐一確認していたなんてのもあり得ない。席の位置的には俺の方が後ろだからな。透華は授業中は授業だけに集中して周りには目も留めない奴だし、こっちを見た感じも無かった。
となるとブラフか。鎌でもかけてきたのだろう。なら俺は嘘を貫き通すだけだ。
「いやいや、寝る寝る。全然寝るだろ。現社の先生まったく面白くなかったもん」
実際、現社の授業はつまらなかった。嘘に真実味を帯びさせるには、嘘の中に何かしらの真実を織り交ぜるのがいい。
透華も俺の言葉に偽りを感じ取らなかったのか、すまし顔で言う。
「そう。ならけっこうよ。ノートくらいならいくらでも見ればいいわ。私としても私の所有物に永人のDN」
「おーサンキュー! まーじ助かるわー!」
透華が机から取り出すのをひったくって言葉を遮る。
菌とか成分とかも大概だがお前、DNAって言おうとしたよね今。ほんと、言い方変えればいいってもんじゃないからね? なんならそっちの方がやべえから。多方面に想像働かすことできちゃうから。目崎なんてしっかりこっちの話聞いてて「ドーナツ?」とか首傾げてるもんね。ほんと色々な想像できるよね~。
まったく油断も隙もあったもんじゃないとさっさと自らの席へと足を向ける。
その際、ぽつりと透華が呟くのが耳朶を打った。
「嘘つき」
ま、世の中には嘘も方便って言葉もあるしな。それは真理なんだろう。
心内で悟ってみるが、どうにも胸の内にある引っかかりはとれそうになかった。
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