〇全ての始まり
第19話 ことの運びは上々、故に俺は不安になる
四限目終了のチャイムが鳴った。椅子と床をこする音はどこか気だるげで、座りっぱなしで凝り固まった身体の疲れを思い出させる。
入学式からどれくらい経っただろうか。まだ二者面談期間という事で授業時間は普段より五分短いが、授業内容自体は本格的なものになりつつある。
それは俺らがそろそろ高校と言うシステムに組み込まれつつある事の証明であり、その事はこの教室にも表れつつあった。
ある人は授業の不平を漏らしながら友を連れ立って購買へ向かい、またある人今日はどこで食べるかと弁当片手に目で問いかける。無論、まだソロの人はいるが、そのうちのほとんどはどこかのグループに組み込まれるなり、ソロ同士お揃っちと新たなグループを形成する事だろう。
かくいう俺もまたその中の一人だ。既に何度か昼飯を食べる機会はあったが、いずれも孤独のグルメとは相成らず。今日も今日とて周りの連中と
まぁでも、これは俺自身が望んだ事。なんなら望みどおりに事が運び過ぎてるため恐ろしくもある。
たぶん、今の俺なら宣言できるだろう。晴れてトップグループの一員となれたのだと。
「今日も使っていい?」
ふと、隣でそんな会話、否、声が聞こえる。何故言い直したかは言うまでもない。一見相手に忖度したような言葉だが、その実これは命令である。
「あ、はい。どうぞ……」
か細い声で眼鏡っ子の女子が席を立ちあがり、女王へとその席を空ける。
この悪魔みたいな席順の中、一般ピーポーなのに迷い込んでしまった哀れな子羊メーちゃん。うちの女王様がほんと自分勝手でごめんね……。全部前の席の三星が悪いから、シャーペンで突っつくくらいの事はしてもいいからね。
内心で謝りつつも見るに堪えない光景に、顔は反対側の方を向く。
視界に映るのは窓際の一角で弁当を広げる女子三人。
それぞれ名前があいまいな二人と、俺と幼馴染である清水透華である。
三人で弁当を開く姿はどこか異彩さを放っていた。それは透華の圧倒的美人さ故もあるだろうが、それよりもおかしいのは透華とあいまいペアの間に妙な距離感がある事だ。
あいまいペアはお互いに机を向かい合わせにつけているが、その横の透華はひっつけることはおろか、机は元の位置のまま動かした様子はない。
しかし、あいまいペアの足と身体は透華の方を向いているため、別々に食べているというわけでも無さそうなのだ。
そりゃ透華が潔癖症であることを加味すれば当然こうなるのかもしれないが、なんていうか歪な光景なだけにちょっと不安を覚える。これが弁当始まった初日からだから尚更だ。
「いやぁ、疲れたねー永人君」
透華の方を見ていると、右側から声がかかる。
視線を声の方へやると、相川が椅子をこちらに向け弁当箱を俺の机に置くところだった。
なんかこの子、毎回俺の机使うけどわざわざこっち使う必要無くないですかね。狭いわ。
まぁ確かに宮内が右の席を占拠してるし、位置的に多少話にくいのはあるかもしれないよ? でも三星は椅子をこっちに向けながらもちゃんと自分の机使ってるんだぞ。わざわざ万治が持ってきた総菜パンに面積の四分の三は支配されているにも関わらずだ! 相川もその寛大な心を見習った方がいいと思うな! あれ、また何か特大ブーメラン刺さっちゃいました?
「あれ、永人くーん」
「ん、ああいやなんもない。それよりー……」
透華とあの二人どうなってんのか気になる、って言いそうになったあっぶねぇ!
相川が僅かに首を傾げ疑問符を浮かべるので、すぐさま自然に続く言葉をひねり出す。
「そう、あれだ。部活。部活結局決めたの?」
「それかー! それはねぇ」
すちゃ……と効果音を声に出しながら、相川はポッケから紙きれを取り出す。
見てみれば弓道部の文字と、入部の文字に丸がつけられていた。最近は体験入部的な事をしていたようだが、本格的に入部を決めたらしい。
「おっ、弓道部に決まりか。すげーじゃん」
自分で言ってて何がすごいのかまったく分からないが、相川は「でしょ?」と誇らしげである。まぁ本人は人生を一歩進んだとでも思っているのだろう。まぁ実際それは正しいのかもしれないが、俺の知った事じゃない。それより透華……。
ああー……また考えてしまった。こんな調子じゃこいつらとのやりとりに集中できないな。現状トップグループ入りを果たしてはいるが、ボロを出せばいつでも切り捨てられるだろう。そうなるとだいぶ厳しい局面を迎えることになる。
ええい、こうなれば憂いを立つべし!
意を決し席を立てば、相川がきょとんとこちらを見てくる。
「およ、どうしたの永人君?」
「ちょっとだけ透華に用があって」
言うと、別の方から声が飛んでくる。
「おっ? なんだなんだもぃりぃや? デートの約束でもすんのか? お?」
「まじで? 守屋もう行っちゃうの? まじかー羨ましいわぁ!」
案の定拾ってきやがったか。これだからトップグルは……。まぁいい。俺も相応の反応示さないとな。
「ちょ、お前ら声でかい。しーっ、しーっ!」
中指……じゃなかった、人差し指を口の前で突き立てて見せる。
別に誘う気なんかさらさらないが、普通に否定したら場、というかこいつらが勝手にシラけるので、そうならないよう乗っからせてもらった。
まぁ別に本気でデートに誘うと思って言ったわけじゃないだろう。トップグル特有の中身の無いやりとりというやつだ。そんなんでも面白がれるんだから、トップグルってすげぇよな。そこは尊敬に値すると思う。
万治たちの茶化しを捌きつつ、透華の方へと向かうも……しまった。話す口実考えてなかった。
止まるのも不自然なのでそのまま歩いていると、狭い教室ではあっという間に目的地に着いてしまう。
「あれ、守屋君?」
水城が箸片手にこちらを見上げてくると、ショートヘアのおかげでよく見える耳元に目が行く。くっついていたのはシンプルで丸いピアス。
水城の事はまだよく分かってないが、往々にして学校とかで装飾してくる奴は自己顕示欲の強い奴だ。だから見学の時に気になったんだよなこいつ。印象もそんなに良くない。
まぁ一旦それは置いておこう。とりあえずピアスについては触れておくか。今後関わり合いあるかもしれないし多少株も上げておいた方がいい。
「ちょっと透華に用が……ってそういえばこれ」
校則違反だぞ。とは言わず、黙って自らの耳を指で指し示し、気付いたアピールしておく。
すると、水城は待ってましたとばかりに口の端を吊り上げた。
「あ、気付いた? 可愛かったからつい買っちゃったんだよね」
「え、ピアスつけてたの⁉ 可愛い~」
俺が相槌を打つよりも目崎の方が先に口を開く。はぁ、ほんとこいつは余計な事ばかり言うな。
「三日前からねー? 可愛いでしょ?」
さらっと嫌味を差し込む水城だが、案の定目崎は気付いた様子もなくピアスを観察している。それどころか写真まで撮り始めた。なんだこいつ。
素直に理解できないでいると、不意に別の方から声が飛んでくる。
「校則違反」
はっきりしているものの、どこか凍てつくような冷たさを醸す声は、言わずもがな透華のものだ。
はぁ、だから目崎には騒いでほしくなかったんだよな。透華はそういうのに割とうるさい。俺もそれを知っていたから黙って指摘したのに。
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