第18話 こうして俺はまた誑かす
幼馴染の背中を見送っていると、ふと相川が口を開く。
「なんか、かっこいいよね~」
「かっこいい?」
照れる。
「うんうん、あ、二人じゃなくて清水さんね。美人だし、今も背筋しゃきっとしてるし」
「あー」
てっきり俺かと思っちまったぜ! まぁそりゃこんな顔の面が分厚い恥知らず、かっこいいとか思う方がおかしいね。証拠に相川、俺の事なんてこれっぽっちも考えてなかったし! これでも自分の事を客観的に見るくらいの素養はあるんです!
でも透華がかっこいいというのは解せんな。かっこいいというか、かわい、噛んだ。外面の皮が厚いだけだぞ。俺みたいに。まぁ無意識的か意識的かの違いはあるが。
「あとなんか意志をしっかり持ってそうな感じ、とか」
先ほどよりも若干声のトーンが沈んだ。もしかしたらこれは何かあるかもしれないな。
相川の一連の行動を鑑みつつ、俺も思考を切り替えていく。
「別に意志とかなら誰でも持ってるんじゃないのか?」
とりあえず聞いてみると、相川が視線を地面に落とす。
「意志なんてないよ、私には」
力なく、それでもはっきりと呟かれた言葉は、どこか行く当てを求めてるかのようなおぼつかなさを感じる。すぐ相川の意見を否定したのは悪手だったかな。
「意志なんてない、か。どうしてそう思うか聴かせてくれないか?」
手の代わりに言葉を絡めて差し出してみる。
もしこれで断れたのなら今はその段階じゃないという事だ。すぐに身を引く。
校舎の壁にもたれかかれ聞く態勢ができたことを示すと、相川は横に並び葉桜に目をやった。
やがてぽつりぽつりと話し始める。
どうやら話してくれるらしい。トップグルのその壁の薄さは良い所でもあり悪い所でもあるな。
「なんかね、自分でなんか決めようと思ってもできないんだよ……私」
「うん」
自己卑下からの気分の落ち込み、諦念。そんなところか。
相川の感情を分析しつつ、一つ頷き、こちらが聞いているのだという姿勢を提示する。
「深く考えられないっていうか。なんにも思いつかなくて。ノリで動くというか、後先考えないって言うか? やったらやったで後で後悔したりしなかったり……」
ここで一旦言葉が切れるので、話を促してみる。
「なるほど、相川自身ノリで動きすぎるのは考えものなわけか」
徐々に、波風一つ立てないようゆっくりと、相川の内面へと踏みいれる。
「そうかも。部活だって正直なんでもいいというか。なんとなくやった方がいいのかなーって入ろうと思ってるだけなんだよね」
葉桜を見る相川は困ったように頬を掻く。
確かに部活に入った方がいいという固定観念はあるような気がする。かくいう俺も何かしらの部活に所属した方が、帰宅部より地位の向上はしやすいと考えていたしな。もしその理由を具体的に述べろと言われても、屁理屈しか思いつかなさそうだ。
「部活見学も同じ理由でさー。部活入るなら見学した方がいいって紅葉に言われただけだし」
「そうだったんだ」
つまり俺が見学行かされたのは宮内のせいだったわけだ。いつか復讐しよ。
志を胸に抱いていると、相川の顔が木の幹の下の方へと向く。
「やっぱり、意志のない人って薄っぺらく感じるよね」
「……それは確かに」
そんな事ないよなどと言えばその時点で相川への道は閉ざされるだろう。相手にも分かってしまうような詭弁なら使わないのが得策だ。ま、詭弁と気付かせなければ問題無いが。
「だからたまーに、そういう自分が嫌になって来るんだよ」
「嫌に、か」
なるほど。よくよく思い返してみれば、相川はどこか捉えどころの無い感じがあった。まぁ俺が興味なかったからかもしれないが、それにしてもつかみどころが無かった。いくら押せども押せないような。暖簾に腕押しともでいうべきか。
だが今の話でだいたい腑に落ちた。相川が部活選択を一任してきた事や、弓を触ろうとしなかった事、その他もろもろの一連の行動は、全てはこの相川の内にあるわだかまりのせいだったのだろう。弓道部の言葉を借りると相川には「確乎不抜」がないわけだ。宮内に引っ張られっぱなしだったのも頷ける。
それがいつからなのかとか聞いてみるのもいいかもしれないが、まぁ行き過ぎも良くないか。
少なくとも現段階では意志の所在が問題点となっていて、相川がその状況を良く思っていないのは明らかになった。
俺がしばらく黙っていたのを何と捉えたか、相川がぱっとこちらに目を向ける。
「って、変な事話してごめん永人君! なんか永人君って無害そうっていうか、安心感あるみたいな⁉ 何言っても良さそうって言うか!」
つまり俺は舐められてるって事ですね。わかります。
でもまぁもし仮に、肯定的な意味だとしても相川は見る目が無い。俺が無害とは笑える。むしろ産業廃棄物もびっくりの有害さだ。それは昔から唯一俺が変わってないところでもある。例えば聖人君子ラノベ主人公様ならもっと深く分かろうとするだろうし、これから気休めを吐こうと考えていたりしないだろう。
まぁいいか。相川の目に俺がそう映っているのなら、それは俺である事に間違いはない。できるだけその認識を有効活用させてもらうとしよう。
今もなお相川は顔を赧くして、ほらー、そのー、えっとー、とはあたふたしている。
それを落ち着かせるべく、ぐるっと辺りを見渡せば、丁度おあつらえ向きの素材を見つけたので視線を止めた。
「なぁ相川、一つだけ思った事話してもいいか?」
「ん⁉ なにかな! 永人君!」
「そこ、毛虫」
「え」
相川は俺の指さす方に倣って、ローファーの側面に視線を落とす。
一瞬の間があった刹那、「ひぃっ」と相川は凄まじい瞬発力で俺の後ろへと回り込んで来た。流石B級女子(スポーツテスト)。
「び、びっくりしたぁ……」
後ろから戦々恐々とした声が聞こえる。てか俺の肩から覗き込むのやめろ。しれっと手のっけやがって。ちょっと保護欲くすぐるだろ。まぁいいや、本題に入ろう。
「じゃあ相川。その毛虫食えよ」
「え?」
俺が何を言ったのか呑み込めなかったのだろう。相川の指先の感触が少し硬くなった気がする。まぁそりゃそうだよな。俺がもし言われたらなんだこいつって視線送るよね。なんなら危ない奴かと思ってお巡りさん呼ぶ。
しかしそれをされると俺の今後の立場というか人生そのものが危うくなってしまうので、相川の思考が追いつく前に答えを代弁する。
「つっても、当然食べるわけ無いよな」
「う、うん。もちろん、そうだけど……」
肩から指が外れる。その声色は明らかに警戒の色を湛えていた。それどころか少し震えている気がする。
あまり悠長にしてるとまずそうだな。さっさと俺の言いたい事を言わせてもらう事にしよう。
「だったらそれ、意志じゃん」
落ちていた棒きれで毛虫を木の根元の方へ捨て、相川へと身体を向ける。
「え……」
「だってそうだろ? 食えって言われて食わないという選択をする。それはれっきとした本人の意志だ。違うか?」
問いかけるが、相川は押し黙る。一応事実しか言ってないつもりだけど、まぁすぐには受け入れられないか。極論と言えば極論だしな。
でもたぶん相川は納得するだろう。何せ意志の所在は相川自身が求めている事だ。人はまやかしであっても自分に都合のいい話には耳を傾けてしまうもの。実際、そのおかげで精神を保てる人だっている。宗教がなくならないのがその証明だ。
次の言葉を待っていると、案の定、相川は話に乗っかって来た。
「でも、普段から何したいとかないし私。やっぱり意志なんて無いんじゃないかな……」
「毛虫を食いたくないのだって普段から自覚してるわけじゃないだろ? それは気付いてないだけで意志がないわけじゃない。」
はっきりとした口調で告げ、「だろ?」と笑みを作ってみせる。
しばらく黙る相川だったが、やがて少しずつ頭の中で整理がつき出したらしい。まぁ整理と言っても都合の良い理由付けをしてるだけだろうが、ぽつりと言葉を漏らす。
「そっか、私にも意志あるのか……」
心なしか穏やかな声に、俺はすかさず肯定する。
「おう。今は気付いてないのが多いかもしれないけど、案外色んな所に自分の意志なんて転がってるんじゃないか? ……今の時期なら至る所に毛虫も転がってるし」
「凄くいい事言ってくれたのに最後の余計だと思うな⁉」
相川は毛虫がいるかもと気にしてか、地面をきょろきょろしだす。
「ごめんごめん。なんか言っとかないと背中がかゆくて……まさか毛虫に刺された?」
「永人君毛虫好きだね⁉ 私なんて見るだけでも嫌なのに!」
「俺も嫌だって。あ、てかその嫌いってのも意志じゃん」
「おお、ほんとだ! 私毛虫嫌いだもん。それって意志だ!」
未開の地でも切り開いたかのような表情を見せる相川。これからはさぞかし幸せな人生を送れる事だろう。
ま、意志薄弱な事に変わりないと気付かなければだが。ほんと性格悪いな俺。
ついつい苦い笑みがこみ上げてくるが、まだ少し残っていたコーヒーと共に飲み干す。相変わらず不味い。
「それじゃ、そろそろ行くか」
「そうだね! よーし、せっかくだし全部周っちゃおう!」
「流石にそれは無理じゃないか?」
「やってみないと分からない! さ、速く行こ行こ!」
相川が押してくるのでしぶしぶ足を動かす。
これは下校時間まで拘束されるかなとため息が漏れそうになるが、今回の部活動見学は無駄というわけでは無かったので良しとしよう。
恐らく今回ので相川との距離が多少なりとも縮まった。即ちトップグルとの関係をより築きやすくなったという事。それは俺にとって望むべき事だ。
加えて相川の性質。これを知れたのも大きかった。相川は意志が弱い。それは俺のまやかしを聞いたくらいですぐ治るようなものじゃないだろう。つまりしばらく相川は意志が弱いままだ。使いようによっちゃ何か起きた時、相川をうまい具合に俺の味方にできるかもしれない。
無論、希望的観測だし、そもそもそんな場面が来るかは疑問符だ。ただどんなに弱くとも手札は一枚でも多いに越したことはない。高校生活はまだ始まったばかりだからな。
それか逆に、俺が何をするでもなく案外すんなりうまく行っちゃったり、なんてこともあったりするかもしれない。俺としてもその方が助かる。
でもまぁ、なんでもそう簡単には行かないのが世の常だよな。
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