第17話 二者の距離
自分を律していると、透華の顔がこちらへと向く。
「それで永人、埋め合わせがどうとか言ってなかったかしら?」
「あー」
それまだ頭にあったのね……俺とかすっかり無いものにしてた。
「その事だけどとりあえず……」
「ごめん永人くん、遅くなっちゃってー」
少し保留にしておいてもいいかと聞こうとすると、昇降口の方から相川が慌て気味にやってくる。どうやらチア部の人も最後まで拘束する気はなかったらしい。
「おお、相川ー」
もう帰って来やがったのかよ~という言葉はゴックン。
「戻っても大丈夫って言ってくれたから戻って来た!」
「別にゆっくりしてくれてもよかったぞ」
むしろどうしてゆっくりしてこなかったんだよ! どおじでだよおおおお!
俺が今にも倒れ込みたい衝動に駆られている間に、相川も周りのメンツに気が付いたらしい。
「ってあれ? 確か水城さんと目崎さん、だよね。あと清水さんも」
「やっほ~相川さん♪」
「あ、あはは……やっほー相川さん」
「うん! やっほー!」
当然透華は無視。目崎の方は相変わらくるくるぱー。いずれもベクトルは違うものの動じた様子は無いが、水城の方だけは何やらしり込みしているようだ。短い髪をくるっと一度指に巻いて解きほぐす。さてこの真意はいかに。
「永人、これはどういう事なのかしら?」
「ん?」
水城の事を見定めようとしていると、険のある声が耳に届く。
「何がだ透華ー……様」
声の方に目を向ければ、透華は何やらよく分からない圧を漂わせていたのでつい敬称をつけてしまった。
「さっき一人と言ったわよね? あなた嘘ついたの?」
なるほどそう言う事。まぁこの子、そういうのにはうるさいからな昔から。小さい頃から正直で、誰かが少しでも嘘つくとぷっくり頬を膨らませていたものだ。だがそんなものは織り込み済み。予防線は張ってある。
「いつ俺が一人で部活動見学って言ったっけ?」
「水城さんに聞かれた時よ」
名前を出された水城はどこか複雑な面持ちをする。
「それは言ってないぞ。見ての通り、とは言ったけど」
「あなたはそこに一人でいた。それを見ての通りと言ったのだから一人で部活動見学してると言ったようなものでしょう」
それは決めつけだと思うんですが。まぁでも実際、あの質問に対してああ答えたらそういう解釈になるのは自然ではある。でもそれは俺しかいなかった場合だ。
俺の言わんとしてる事が分かりやすいよう、置いておいたコーヒーと手に持っていたコーヒーを並べる。
「ほれ、見ての通りだろ?」
「なっ……」
透華も自分の勘違いに気付いたらしい。そう、この場にコーヒーは二つ。つまりちゃんと見ていれば、もう一人誰かがいると考えることができる。ましてや俺は一言も一人という言葉に賛同していない。
そこから導かれるべき答えは俺が一人じゃないという事実だ。まぁ偶然当たっただけなんだけど。なんならクソマズコーヒーとか相川にあげても逆に迷惑だろうから俺が持って帰るし。
「でもさっき私が……」
言い募ろうとしたようだが、透華すぐに閉口する。何か反論しようとしたものの、すぐに看破されるとものだと判断したのだろう。先の先まで読んでしまうその慧眼。相変わらず透華は聡いな。だがそれだけに脆い。
なんとなく場が静まり返っていると、沈黙を打ち破るように誰かがぽつりと呟く。
「夫婦喧嘩?」
「ちょ、愛⁉」
たしなめる水城に、ハッと目崎は口に手を当てる。コイツもうわざとなんじゃね? まぁ今は何言おうか考えあぐねてたから助かったが。
「マジで頼むよ目崎……」
俺もでっちあげに整合性が取れるような反応を示し、透華が余計な事を口走らないよう目を光らせる。
しかし透華もまた目崎のおとボケに当てられたのか、一つため息を吐くだけにとどまった。
「そろそろ行きましょう二人とも」
「そ、そぉだよねぇ! 行こ~行こ~!」
透華の言に目崎は盛大に賛同する。ごまかそうとしてるのバレバレだな。まぁ別にこの子も追求する気なさそうだからいいけど。
透華は歩み始めるが、ふと俺の目の前で足を止める。
「昔に比べて随分と弁が立つようになったわよね」
こちらも見ずに告げられる言葉に、どういう意味だ、とは聞かなかった。聞く意味も無い。代わりに笑みを作り片手を空に向けると、だた一言。
「だろ?」
お道化て見せる。しかし幼馴染は何を返すわけでもなく二人を従えて歩いていった。なんとなくその様は従者を脇に置く女王にも見える。
が、それにしては少し二者の距離は離れすぎているようだった。
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