第15話 それは不穏の様相を呈する
さて、一人になってしまった。超嬉しい! あの感じだとワンチャン下校時刻まで拘束されるな。待つのは暇だが誰かといるより幾分かマシだ。
特にやる事も無く手持無沙汰なので、傍にある自販機達に視線を移す。
何かおいしそうなのないかなと見てみると、売り切れの文字がやけに目立っていた。まぁ千人くらいいるしな生徒。明日には補給されるだろうが。
仕方ないので唯一売り切れランプがついていないブラック無糖でも買ってみる事にした。
小銭を入れてスイッチを押せばスロットが回る。どうやら当たり付き自販機だったらしい。何を思うでもなく眺めていると、なんと6が四つ並んだ。うわまじか、こういうの本当に当たるんだな。
少し嬉しくなるが、よくよく考えればコーヒー以外売り切れてんじゃん……。自販機なのにジュースねぇじゃん!
かと言ってせっかく当たったのを放棄するのは馬鹿らしい。仕方なく同じところを押せば下でガコンと音が鳴った。
二本取り出し手ごろな所に置き、とりあえず一本を飲んでみる。
「うわまっず……」
これを全部飲まないといけないのか……。苦虫を噛み潰すが覚悟を決めチビチビ飲みはじめる。
気を紛らわすべく、たまたまそこに生えていた葉桜をしばらく鑑賞しながら飲んでいると、その向こうで見知った顔が体育館に続く階段をのぼって来るのが見えた。
あちらも俺に気付いたらしく近づいてくると、少し遅れて二人の女子も姿を見せる。
「あら永人。一体ここで何をしているの?」
「まぁちょっと部活見学をな。透華こそ何してるんだこんなところで」
野暮用とか言ってなかったっけ。
「それは奇遇ね。私も部活動見学よ」
言うと、透華は後ろを空ける。
「彼女たちと」
透華が示した先には女子二人が立っている。それぞれショートとツインテ。名前はあいまいだが今日透華と話していた二人組だ。そのうちショートは昨日の朝扉の前で俺達が迷惑をかけた子だな。
「透華ちゃん借りてまーす」
軽く弾む感じで言うのはツインテ。透華は物じゃないぞ。
「守屋君だったよね? もしかして一人で部活動見学?」
ショートの方はどこか憐みの視線を向けてくる。一人=哀れと一方的に決めつける典型的なやつな。だが生憎俺はこれっぽっちも今の状況に不満はない。まぁそれ以前に一人じゃないんですけどね。そのうち相川も戻って来るだろうが、わざわざ知らせる必要もないか。せいぜい束の間の優越感を味合わせてあげよう。
「あはは……見ての通り」
対人用愛想笑いで返しつつ、多少付け上がって来るかもなと心構えをする。
「あらあら、永人は一人なの?」
案の定付け上がって来た。ただし透華が。
「なんだ、だとしたら文句でもあるのか」
純粋に気になる。
「いいえ? ただ先にしていた約束を蹴ってまで会いに行ったお友達がいるのに一人だなんて少し意外だっただけよ」
透華がすまし顔で自らの髪を整える。
うわー、結局怒ってたんじゃねーか……。って事はこれはあれか、当てつけって奴か。約束を破られたからどっかで仕返ししようと思ってたんだろう。大よそ、後日俺が埋め合わせとして見学に誘った時に「あたしもう行っちゃたのよねん」と断ろうとしていたってところか。
あるいは一緒に帰れない既成事実を作った事が報復だったのかもしれない。なんか見計らったかのように謝って来たしな。ただいずれにせよ、今回はそもそも約束してなかったんだよなぁ。まぁ俺も理解できていた分、悪かったところもあるんだが、一先ずは適当にあしらおう。
「俺だってたまには一人でいたいんだ」
「一人でしかいられなかったの間違いでしょう?」
「これまた随分な言われようだな」
「事実だもの」
「憶測だろ」
ぬったりとした視線を浴びせてやるが、透華は特に気にしたそぶりも見せず明後日の方向へと視線を向ける。
「あーあ残念ねー。あの時私と行っていればこんな哀れな状況に置かれず済んだものを」
厭味のつもりなのか、それは。だとすれば嬉しいやら悲しいやらだな。だって割と俺と行くの嫌じゃ無かったって事だろ。知らんけど。まぁそれはともかく、こりゃもう一回謝っとかないとしばらくこの調子が続くかもしれない。それはちょっと面倒だ。
「あの時は悪かったって。今度埋め合わせになんか……」
……おごる、って言ってもそういや潔癖のせいで透華外食はおろか自販機のジュースとか飲めないしな。かと言って約束を果たすべく再度見学行こうにもお互いにもう行っちゃってるし。あれ、じゃあどうすればお詫びになるんだ?
「埋め合わせに、何かしら?」
透華は明後日に向くまつげとは裏腹に、目線だけはこちらによこしてくる。この感じは何かを期待してる感じだが……まさか、永人菌か? なるほどおーけー、それで済むなら安いもんだ。俺は一言こう言えばいいんだろ。
――埋め合わせに、俺の菌やるよ。
いや無いわ。絶対無い。てか俺が嫌だ。却下だ。
ましてやこの場には俺たち以外に女子二人もいる。絶対そんな発言をしてはいけないだろう。どうしたものかと考えていると、少し待たせ過ぎたのか後ろの二人がお互いこそこそ何やら耳元でささやきあい始めた。
そういや透華この二人と一緒に回ってるんだよな。あまり待たせると透華に対する心証が悪くなるかもしれない。正直透華に友達ができる可能性は低いと思っていたが、もしこの二人が友達になってくれるつもりならそれは俺としても嬉しい。
ただ、いまいち信用できないんだよなこいつら。特にショート。こそこそ寄せ合う耳にはピアス穴が開いている。
「埋め合わせはそうだなー……」
とりあえず少し俯き透華と話に没頭してる感じを演じる。
ややあって、一呼吸置き唐突に顔を上げて見せた。
「って、そういえばごめんね二人とも。つい立ち話しちゃって」
「え? ああ、う、ううん。全然大丈夫だよ」
内緒話中のショートが答えるが、声をかけられるとは思ってなかったのだろう、どこか戸惑いが見受けられる。そのまま気付かないフリをして話を進めるのが円滑な対人関係の定石だが、今回はちょっと確認のため踏み込んでみる。
「あー……もしかして俺の顔になんかついてたりする?」
いやお前の顔なんていちいち見るかよと言われそうだが、別にそれはそれで構わない。ここで大事なのは俺の言葉に対する反応に、俺が少し違和感を覚えたという事実を伝えることにある。
「えっと、そういうわけじゃ無いんだけどね……」
けど、という事は話に続きがあるという事。これでもし普通に続きを話すなら警戒は緩められる。逆に変に隠そうとすれば先ほどの内緒話は何か後ろめたい話題だったと考えられる。もっとも、後者であったとしてもその対象が俺か透華かまでは判別しきれないが、もし透華と判明した場合。
俺はいかなる手段を用いても透華の平穏を願わさせてもらう。
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