第13話 アンテナは常に張り巡らせるもの

 弓道場は昇降口を出て左側から少し歩いたところにある。大した距離でもないがそこに行くまで黙っているわけにはいかない。とりあえず今後の会話材料に使うためにも身内(になる予定の)奴らの事をもう少し知っておいた方がいいな。


「そういえば他のみんなって何部なんだ?」

「えっとね、翔君はサッカーで、仁君はバスケ。紅葉は帰宅部だって」


 三星は中学の時サッカー部だったらしいし見当はついていた。万治については自己紹介に部活の話がなかったものの、そこらへんの部活に入りそうなのは予想がつく。


 ただあの女王宮内が帰宅部とは少し意外かもしれない。いやまぁ女王クラスが帰宅部のケースも普通に聞くし、特に不思議な事では無いんだけども。何となく入りそうなイメージだっただけだ。


「……なるほど。宮内が帰宅部って言うのはちょっと意外だった」

「うんうん分かる! なんかテニスとか入りそうだよね」

「それそれ。たぶん滅茶苦茶きついスマッシュ打つよなぁあれは」

「あー、確かにそんな感じするかも! 運動神経よさそうだもんねぇ」


 相川はしゅぱっと擬音をつけてテニスのラケットを振る素振りをする。

 俺は運動神経と言うよりは性格の面できつそうと思ったんだが、わざわざ訂正してラリーを途切れさせるわけにはいかない。


「でも運動神経なら相川も良さそうだよな」


 落ち着きないし。


「うーん、どうかなぁ? 一応中学の時のスポーツテストはBとかだったけどどうなんだろ?」

「中学の時文化部だもんな。てことはだいぶいいんじゃないの?」

「え、ほんと? やったやったぁ!」


 相川がぴょこぴょことカーディガンの裾を揺らす。ほんと忙しいなこの子。まぁ逆に言えば感情表現が豊かなんだろうけど……はてさて、一見可愛らしいみえる仕草だが計算か、あるいは素なのか。まぁどうでもいい。


 しかし文化部だったことを加味して選択肢から激しめの運動部は排除していたが、Bならもうちょっと運動部の見学を考えてもいいかもしれない。


「っと、ここかな」


 歩いていると、弓道場と思しき建物を見つけた。もう少し和風っぽいものと思っていたが、割とプレハブみたいな感じだ。まぁ県ではそこそこいい高校だが、所詮公立高校だしな。


 ごめんくださいなとアルミっぽい扉を開くと、中の方については割と道場っぽかった。

 木の床と白塗りの壁。開けた景色の先には的が幾つかあり、道着を纏った先輩たちが外に向かって弓を引き絞っていた。その向こうでは同じ見学者なのか、一年生と思しき子達が何やら弓道部の人と話したりしている。そこ以外でもここの部活は仲良しなのか色々なところで会話が繰り広げられているようだった。


 誰かに声かけた方がいいかなと見渡していると、弓片手に人当たりの良さそうな女子先輩と眼鏡をかけた理系っぽそうな男子先輩がやって来る。


「もしかして見学の子?」


 尋ねてくる女子先輩の腕にはミサンガ、長くない髪には軽くパーマをかけているようだ。対して男子先輩はワックスはおろか、装飾も何一つ見当たらないし若干無精ひげがある。どうやら弓道部が幅広い層に人気なのは本当らしい。


「はい! 見学に来ました」


 俺が二人を観察している間にも元気よく返事するのは相川だ。なんか人生楽しそうだね。


「あ、俺はあっちにいってるよ」


 相川を生暖かい目で見ていると、男子先輩は笑みを浮かべて言うと、新たにやって来たらしい一年生の方へと歩いていく。


 身なりは特に整えてないが、社交性は欠如して無さそうだと男子先輩の後ろ姿を眺めていると、横で相川がまじまじと道場を見渡す。


「なんかすごいですねここ!」


 なんかすごいって聞きようによっちゃ適当みたいだぞ。

 しかし先輩の方は俺よりひねくれてないらしく、嬉しそうに顔を綻ばせる。


「でしょ? 学校の中では一番落ち着く場所だと思ってるよ~」

「すごい分かります!」

「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいなぁ」


 尻尾をふりふりせんばかりの相川に、先輩も気分良さげだ。

 少しチョロそうな人だなと先輩を見ていると、天井付近に"確乎不抜"という文字が掲げられているのが目に入る。うわ厨二臭ぇー。


「……あっ。あの文字とかイケてますよね! どういう意味なんすか?」


 俺もとりあえず話題を振ってみる。別に弓道に入る気なんてさらさらないが、どこで関わりがあるか分からない。学校にいる間は誰相手でもそれなりの印象は植え付けておくべきだ。黙っているわけにもいかないだろう。


「よくぞ聞いてくれた! あれは確乎不抜かっこふばつ。意志がしっかりしてものに動じないさまを表す言葉だよ」


 先輩が指を突き立て得意げに教えてくれるので、こちらも感嘆したように振舞う。


「へぇ~、かっこいい。なんていうかまさに弓道の精神に通ずるって感じっすね」

「でしょでしょー? 君はよく分かる子だね~」


 うんうん頷く先輩はよほどこの言葉が好きらしい。俺は普通だが。


「確乎不抜……」


 横で相川が呟くが、先輩同様この言葉が好きになったのだろうか。あるいは聞きなれないから復唱してみただけか。


「あ、そうだ。せっかくだし弓とか触ってみる?」


 先輩が弓片手に提案してくれるので、だってさと相川の方を見てみる。たぶん俺よりも相川の方が触りたいに違いない。好奇心強そうだしなこの子。


「え、えっと」


 しかし予想とは裏腹に相川はどこか及び腰だ。


「あれ、相川触ってみないのか?」

「いやほら、なんていうか申し訳ないって言うか、私みたいなのが触っていいのかなって。なんか神聖? みたいな。あはは……」


 相川が後頭部に手を添え手のひらを先輩に向ける。


「えー別に全然大丈夫だよ遠慮しなくても! 減るもんじゃないし!」


 先輩はそう言ってくれるが、それでも相川はどうにも気が進まないらしい。相川なら一も二も無く飛びつきそうと思ったんだがまぁいい。せっかく提案してくれてるんだ、この様子だとむしろ遠慮するのは心証が悪いだろう。


「え、じゃあ俺触ってみてもいいっすか? どんな感じがけっこう気になってたんすよねー」

「おっいいねいいね。そうこなくっちゃ! ちょっと重いかもしれないけど……」


 手渡されたので受け取ると、でかい割に軽くて驚いた。


「あ、ほんとだおもーい!」


 やべ、ちょっと棒読みになった。


「でしょ? これでだいたい十五キロくらいかな」

「うわ十五キロっすか……」


 まぁそれくらいが妥当か。ともあれ、俺が心にも無い事を言ってるのには気付かれなかったらしい。良かった良かった。


「これを片手で持って姿勢を維持するなんてすごいっすね」

「まぁね? ……なんて、実は私も最近になってやっとこれくらいの重さでも引けるようになったんだけど」


 先輩ははにかみ頬を掻く。

 なるほど……。てことは弓にも色々な重さがあるという事か。


「いや全然すごいっすよ。え、ちなみに弓って他はどれくらいの重さがあるんすか?」


 人は基本的に自分の興味ある分野に関心が示されるのを好む。相手の趣味に踏み込むことはラリーを続ける燃料として有効だ。


「そうだねぇ、一番軽いので六キロくらいで、一番重いのは四十キロくらい?」

「よ、四十っすか⁉」

「ふふーん、すごいでしょ?」


 わざと驚いて見せると、先輩もそのリアクションに満足したのか笑みを浮かべる。そうだこの人チョロイン先輩と名付けよう。


「集合!」


 適当に質問を振ってラリーを続けていると、道場内に号令が響いた。


「あ、練習始まるみたい。私は行くけどよかったら活動見てってね」


 チョロイン先輩はそれだけ言うと、集合し始めた弓道部の一団へと加わる。まぁちょろっと見て適当なタイミングで出ればいいか。相川は勿論、一応俺も新しい事に挑戦したいけど迷ってる事になってるし、一か所に留まってるわけにもいかないだろう。


 ま、それはいいとしても相川だ。

 俺がラリーしてる間にも相槌を打ったりはしていたが、最初ここに来た時より幾分かパワーが失われている気がする。何か思う事があったのか、それともちょっと俺がしゃしゃり出すぎたのか。いずれにせよ一応後で聞いてみるのもありか。


 もし仮に悩み事でも抱えていようものなら、それは距離を縮めるための有効な素材となりうる。あるいは無かったとしても、今後俺が学校生活をうまくやるための手がかりくらいは得られるだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る