〇嘘を以って人を制す
第11話 休息の時など訪れない
ファミレスにてライン交換会。カラオケにてものまね歌合戦。ゲーセンUFOキャッチャーによる金銭搾取大会。以上の事をこなし疲れとれぬまま次の日を迎えた。
状況ははっきり言って良好。何せあいつらは確実にトップグループとなる。そして俺もまたその一端に組み込まれつつあると思われる。
俺の目的は言わずもがな透華に学校生活を平穏無事に送ってもらう事。だったらこの状況が良好以外の何者でもないのは明白だ。何せ俺がクラスの方向性を決める一端になるのだから。
ただ、それに当たって一つ問題点がある。それはトップグループの象徴とも言える華やかさが俺には無い事だ。確かにほんの少しワックスは付けているがこれくらいなら割と他にもいる。
その点万治とか三星はどうだ。それぞれ金髪と茶髪で大変目立つ。俺もクラスの中心グループでやっていくのなら何かもっと変化をつけるべきじゃないのか……?
「髪、染めようかな」
決意新たにぽつりと呟く。
すると、左斜め前方の人影かくるりとこちらへ身体を向け噴き出す。
「ぷはっ、いやいや、守屋絶対に似合わないでしょ」
女王宮内の言葉に追従して野郎どもの連続射撃がさく裂する。
「うんうん、ねーな!」
「まじそれな」
パリピ第一歩として断腸の思いで放った言葉にもかかわらず、三方から蹴られてしまった。
「でも、意外と似合ったりするかもよ!」
悲しみにくれていると、そこへ沙奈ちゃんもとい相川が救いの手を差し伸べてくれる。
「いやいやないない。絶対無いでしょ」
しかし我らが女王宮内がすぐさま否定してきた。
「ふむ」
相川は手でNIKEを形づくり顎にあてると、こちらを見つめる。小顔効果でも狙ってるんですかね?
「やっぱり似合わなさそうだね!」
「でしょー?」
「うんうん!」
似合わないんかい。
あまりに嬉々として言うのでもはや悲しさを通り越して虚無に満たされる。まぁいいんだけどね、染めたくないし。いいんだけどさ……。
「でも翔君はいい感じだよねー」
宮内がふと三星の明るい茶髪に目を向ける。昨日今日で下の名前で呼び始めるとかほんとトップグルってすごいよね。
「え、まじ? 紅葉に言われるのは勝ちだわー」
「ちょっともう、翔君ったらぁ!」
俺は俺は? とどこからか聞こえてくるが、嬉しそうに両頬に手を当てる宮内はまるで聞こえていないようだ。三星と宮内はそのうちすぐに付き合い始めそうだなぁと眺めていると、しびれを切らしたらしい万治が宮内の前に頭を向ける。
「ねね、紅葉ちゃん、俺は?」
若干嫌そうに顔を引く女王だったが、まぁそりゃいきなり頭皮向けられたら嫌だよな。
「うん。まぁ万治って感じ?」
「おおまじか! 俺万治だわ! うぇーい」
いかにも適当なコメントだったが、万治は褒め言葉だと受け取ったらしい。腰を少し落とし両手を上げちょこちょこと足踏みを始める。なんかどっかで見た事あるなその大喜びエモート。まぁ本人が嬉しかったんならいいんじゃないですかねと生暖かい視線で眺めている間にも、宮内は三星に色々と話しかけ始めた。
さて、トップグルは普段どういう会話しているのかなと勉強がてら宮内と三星の会話に聞き耳を立てようとすると、同じくその様子を眺めていた相川と目が合った。ふむ、これは何か話しかけるべきか?
どんな話題振っていくかなと頭の中で答えを弾き出そうとしていると、あちらから声がかかった。
「永人君」
「ん?」
「今この子なんて言った? 下の名前で呼んだ?」の「ん?」だったが、相川は俺に聞く姿勢ができたものと捉えたらしい。
「確か剣道やってたんだよね。高校もやっぱり剣道部?」
なるほど、部活の話題か。まぁ今の時期ならタイムリーだよな。俺も話題の選択肢には入れていた。
「そうだな、正直迷ってる。新しい事してみるのも楽しそうだし」
勿論嘘である。そもそも俺は変化なんて求めてないしなんなら剣道もしたくない。帰宅部か文化部でゆるゆる過ごす方が性には合っているだろう。
「おお~、なんかかっこいい!」
「けど飽き性なだけとも言える」
遊び混じりに言ってみると、相川は存外腑に落ちた様子を見せる。
「なるほど確かにそうか」
「ぐっ、そこは否定してほしかった……」
「あっ、えへ、ごめんごめん」
落ち込んだ振りをしてみると、相川はてへぺろりん☆と自らの頭に手を添える。
「でもそっかー、永人君まだ部活決まって無いんだー」
相川はしみじみと言った具合に腕を組むと、突然手を叩きポニテを揺らす。
「じゃあさ、今日一緒に見学行こうよ!」
え? と一瞬聞き返しそうになるが、俺はここで生きていくことにしたのだ。そんな受けごたえばかりではいつまでたってもトップグルの一員にはなれない。
元々透華と行く予定だったし、気疲れもするので正直行きたくないが、とりあえず行く行かないの返事は先伸ばしだ。ラリーが続くように質問で返す。
「もしかして相川も迷ってる感じ?」
「うんそうなんだよねぇ。中学の時はギタマン……ギターマンドリン部ね。だったんだけど、この学校には無いしどうしたものかと」
相川がやれやれーと悩まし気に額に手を当てる。
ギタマンとはまたニッチな部活だな。とか言いつつうちの中学にもあったんだけど、確かに相川っぽい子も所属していた気がする。あ、断っておくがタマキンじゃないからな。
「ギタマンだったんだ相川。あれすげぇ綺麗よな演奏」
「うんうんそうそう! だから高校にもあれば迷わず入ってたんだけどねー……」
相川は眉をはの字にする。
残念、結局その話に戻って来たか。ここから会話を逸らして見学の話はうやむやにしようとしたけど失敗だった。だったら今度は見学に行く意味を潰す。
「そうだな……ギタマンなら弦楽器使いそうな軽音とか割といけそうじゃないか?」
「軽音……! なるほどそれいいね!」
「あとは吹奏楽とかもいいかもしれない。弦楽器はコントラバスだけど」
「おお、その手もあったんだ!」
俺が案を出すたびに相川は新たな発見でもしたように振舞う。別にそれくらい思いつきそうなもんだがまぁそれはいい。とりあえず代替案を呑ませることはできたはず。あとは俺が音楽系の部活に適合しない事を理由づけて説明すれば、なし崩し的に見学せずに済むだろう。
「俺も音楽の成績良ければそういう部活でも良かったんだけど、生憎音楽だけは通知表では2と3を行き来してたからさー……」
「あー、確かにカラオケの時もそんなに歌上手じゃ無かったもんね」
え、悲しい。いきなりこの子心臓をえぐってきたんだけど。
「……そんなに下手だった?」
思いのほか声のトーンが低くなったせいか、相川もしまったぜと言いたげに視線が泳ぐ。
「ほ、ほら、下手では無いんだけどあれだ、味が無い?」
もうやめたげて。味無いからって傷口に塩塗るのやめたげて。
何とも言えない感情になりつつも、俺の本来の目的を思い出す。
「……まぁそんなわけで俺音楽のセンス無いから、音楽系の部活は入れないし、入らないの分かり切ってるのに見学行くのは相手に悪くないか?」
言うと、相川は雰囲気明るくとんでもはっぷんな事を言いだす。
「そっか! じゃあ音楽系の部活は行かない方がいいね!」
「いや待て」
つい素で声が出てしまうと、相川もまたやっちった? とでも言いそうな具合に笑顔が固まる。いやまぁ特に地雷踏んだとかじゃないから安心して。でもね、なんで見学に行く前提なのかな? 俺の案に賛成してくれてなかったっけ?
「あーいやほら、すっかり軽音とか吹奏楽に入るもんだと。ハハ……」
引きつる頬を必死で笑みに変換し取り繕う。
俺のスマイルが功を奏したらしく、相川もやっちったわけじゃないと悟ったらしい。まぁ俺的にはやっちまってるんだが、いつもの明るい調子に戻る。
「それもいいんだけどほら、私も新しい事に挑戦してみるのもありかな、みたいな?」
みたいな? キリッ。じゃねぇよ。
「あーね? ありあり、それありよりのありと思う」
半ば投げやりだが、テンション高めにトップグルっぽい返事をしてみる。
「よしじゃあ決まり! でもよかったぁ~。他の皆は部活決まってるらしくてね、一人で色々見学に行くのはちょーっとね……」
いや一人でいいだろ。
「あー、確かに一人ってのは盛り上がらないよなぁ」
「でしょ?」
相川は我が意を得たりと満足げだ。
こいつの言う他の皆とは恐らく三星達の事だろう。てことは声かかったの俺が一番最後って事か。いやまぁ宮内は女子だし当然、三星も爽やかイケメンだから当たり前だけど万治よりも後っていうのは何故か少し悔しい。
まぁそれはさておき。これはもう断れる雰囲気じゃないな。ていうか露骨に断れば距離が出来てトップグルからフェードアウトさせられるかもしれない。せっかくここまで来たのにそれはごめんだ。
ただ、行くのはいいとしても問題は透華だよな。俺は約束したつもりは無かったが、あいつの中で見学は決定事項だったみたいなのに一回蹴っちゃったしな。今朝学校に行く前、一応謝っても特に怒った様子も無かったが、あくまで延期しただけだから怒ってなかったからかもしれないし。
どうするかなーとなんとなく透華の方に目を向けてみると意外や意外。なんと女子二人ほどと談笑していた。いやまぁ談笑って言うか透華は割と無愛想な感じだが、それでもちゃんと受けごたえはしているようだ。
透華にしては珍しい。中学の時とか話しかけられようものなら即座に追い払ってたからな。てかよく見ればそのうち一人は席替え前に透華の位置に座っていた子じゃないか。透華が汚い認定しそうになったあの子な。
はてさて、一体どういう風の吹き回しなのか。
こりゃ嵐でも来るんじゃないかと不安になっていると、不意に柑橘類のようなさっぱりした香りが漂ってくる。
「清水さん?」
「うおっ」
いつの間にか俺のすぐ真横まで顔があったのでつい机を蹴とばしそうになってしまった。こいつろくろ首かよ。
「ん、どうしたの永人君」
小首をかしげる相川だが、この子はパーソナルスペースみたいなのが無いのかね。
「いや何でも無い。それより見学よな」
「そうそう! 約束だからね!」
相川はぴょこんと跳ねカーディガンを弾ませると、小指を突き出してくる。え、なに怖いんだけど。指でも詰めるの?
「はい指切りげんまん」
なんだそういう事……。ほんとやばいなトップグル。こういう事平気でできるとか、俺みたいなパンピ、しかもサブカルに通じているようなアングラ趣味の陰キャには負担が大きい。
が、俺はこいつらに擬態すると決めたのだ。指切りの一つや二つでびびっててどうする。
俺も小指を差し出せば、存外軟らかな指の感触が伝わって来た。
「指切った!」
元気に相川が言うと小指が離れる。その指にはちゃんと暖かな余韻が残っていた。
まぁ最悪、透華が行くつもりだったとしても後日改めて行けばいいよな。
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