第10話 好機を逃すわけにはいかない
「本当にすまん、今日は一緒に部活動見学に行けそうにない」
床にひざをつき、正面に鎮座する透華に手を合わせて詫びる。
「それはどうしてかしら?」
淡々と聞く透華の表情から心情は読み取れないが、少なくともいい心持で無いのは分かる。
「まあなんていうか、社会的な付き合いでちょっと出る用事ができまして」
「社会的な付き合い、ね」
透華が一言一句噛み砕くように俺の言葉を復唱する。
席替え後、席が近くなり心の距離まで近づいたのか、三星たちに交流会という名目で遊びに誘われてしまったのた。
正直に言うと透華と部活見学した方が百倍気楽なので断りたかったが、ここに参加すれば俺も恐らくトップグループに本格参戦できる。このチャンスは逃すわけにいかない。ここを乗り切れば一年は透華に平穏無事な生活を送らせることができるはず。
「まぁそういわけだから、今日のところは無しという事でお願いします」
「嫌」
「そうか、そう言ってくれると助か……えっと?」
あれ、この子なんて言った? 嫌? おっかしいなー。ここはしぶしぶ了承してくれる場面じゃなかったの?
「私は永人と見学に行けないのは嫌よ」
「えー……」
透華は再度言うと、むすっと意固地そうな目を向けてくる。
ちょっと待ってこれは想定外。どうしようかな。行くとか言った挙句ドタキャンとかそれは本当にやばい。今も下駄箱であいつら待たせてるし。どうするよこれ。
「ちなみに永人はどうなのかしら?」
「え?」
出し抜けに問われたので言葉の意味を呑み込むことができなかった。俺はどう? 何の話だ。
「私は嫌だけれど、永人は彼らと行きたいのかしらと聞いているの」
俺が分かってない事を察してくれたのか、透華は改めて聞きなおしてくれた。
彼ら、とは恐らく万治たちの事だろう。つまり質問の意図は万治たちと遊びに行きたいのかお前は、という事になるのか。ならいくらでも解釈は変えられるな。
「それはまぁ、待たせてるから行きたいと言えば行きたい?」
あくまで主体は待たせているという事実。そこにあるのは俺の希望ではなく一般倫理に過ぎない。勿論、透華はそんな事を聞いたわけじゃなかったと思うけど。
しかし透華もこの返答は予測していたのか、臆することなく続ける。
「そう。つまり永人はずっと一緒にいた私とではなく彼らと一緒に過ごしたいのね?」
「……いやえっと、それは、だな」
これには流石にあいつらと過ごしたいなどとうそぶく事はできず、つい言葉を詰まらせてしまった。
俺が曲解したのを見抜いて質問の主体を明らかにして聞いてきたか。
まぁ別にここで一言「そうだ」と答えてしまえばそれで済む話ではあるが、それだと少なからず透華を傷つけかねない。それを避ける必要があるとすれば……卑怯な正面突破が有効か。
透華は幼馴染だ。思考の方向性と言うものをある程度把握している。だからこそ打てる一手だ。
「うん、どう考えてもお前と一緒の方がいいな」
「そ、そう」
俺がこうもきっぱり言い切るとは思っていなかったのだろう。透華が言葉を詰まらせ俺からまつ毛を背ける。
若干紅く染まるその横顔は分かればいいのよと言っている気がしないでも無かったが、残念な事に俺は分からずやだ。今回は少しやり込めさせてもらう。
俺は意を決し、幼馴染へ顔を向ける。
「だから一緒に行かないか?」
「え……」
透華の顔が再びこちらに向くと、必然的に目が合う。その凛とした目ははいつもより少しだけ見開いていた。
「潔癖については俺がフォローするし、あいつらも完全なグループにはなってない。全然入り込める余地はある。それに男女比も3:2で女子が一人少ない。お前が入れば丁度だ」
俺を見る瞳は黒光りする宝石にすら見える。透華は実に綺麗な子だ。どれくらい綺麗かと言えば学年で一、二を争えるくらい。その上勉強もかなりできるし、運動神経もいい。そんな奴を上位グループが歓迎しない訳が無いのだ。
人格さえ殺せばな。
「それは」
透華が逡巡する素振りを見せる。まぁ普通に考えて不完全とは言え既に形成しかかっているグループには入りづらいだろう。ここまでなら透華が渋るのも仕方ない。だが俺はその上でもう一言付け加える。
「何より、俺は透華が来てくれる方が嬉しいしな」
嘘じゃ無かった。透華がいてくれるならそれだけで気が楽だ。一緒に行ってくれるならこんなにも嬉しい事は無い。
しかしそれが本物だからこそますます俺の言葉はたちが悪くなる。悪意ある善意とでも言うべきか。これによって俺の誘いを断った透華という図式が出来上がる。
もしこの場に透華を良く知る人物がいれば俺は殴られていただろう。何故なら透華をよく知る奴は、透華が提案に応じないのは分かり切っているはずだからだ。
でも、この場に透華をよく知る人物は俺しかいない。この野郎、帰ったら覚えておけよ!
「……嫌よ。人と群れるなんてごめんだもの」
案の定、透華から示された言葉は拒否だった。
「そうか。それは……残念だ。一緒の方が楽しいと思ったけど無理強いはできないしな」
言うと、透華の視線が床の方を向く。
透華がどこまで俺の意図を読み取っているのかは分からない。ただ、少なくともこれ以上何か言うつもりがないのは分かった。
俺は黙り込む幼馴染から背を向けると、「それじゃあまた」と教室を後にするのだった。
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