第9話 立ち回りの褒賞

「そこの席、き――」

「ちょっとがたついてませんか、これ」


 即座に飛び出し適当な事をでっちあげる。否が応でもクラスの視線を受ける羽目になったが、ここは一時の恥と思って我慢だ。


 実際に机を揺らしてみると、やはりガタリと揺れる。朝の時、あの女子がスクールバックを机に置いた時それは確認していた。怒っていたわけではなさそうと判断したのは、談笑もそうだが、机が単に揺れただけだと分かったからというのもある。


「ほらやっぱり。ノート書く時揺れると面倒ですしねー」

 

 愛想笑いを浮かべ頭を掻いて見せる。

 ほんと「き」ってなんだよ「き」って。絶対汚いとか菌が云々とか言うつもりだっただろこの子。


「あ、そういう事か! えと、じゃあこっちの机はどうかな……」


 先生が教室の片隅にある余りの机の傍に向かうので、さっさと透華の机へと手をかける。


「ちょっ、永人」

「とりあえずもうこれ運んどきますねー」

「あれ、別に……」


 俺の申し出を透華と先生、双方が制そうとするが有無を言わさず引っ越し先へ透華の席と机を運ぶ。そのまま移動先の席と入れ替えると、さっさと教卓の方へと持って行った。


「わぁ、ありがとう守屋君。でもそれならこっちを運んでくれるだけでよかったのに」

「え、ああ! そういえばそうでしたね⁉」


 先生の微笑み交じりの指摘に、とりあえず慌てた感じを装い自分の間違いに気づいたフリをすると、教室内に僅かな笑いが起こる。


 ……ふう、とりあえずこれで最悪の事態は免れたか。その代償としてクラスの笑いものだが、これで急場をしのげたので安い買い物だった。


 弛緩する空気の中、俺は予備の机を元透華のいた席まで運ぶと、へこへこしつつも自分が行くべき席へ向かう。その流れで他の皆も座席移動を再開した。


「もぉりぃや、まじか、もぉりぉいや」

「今のちょー面白かったわ!」


 移動先の席へ行くと、笑いの堪ええぬ三星と万治が俺に話しかけてきた。

 これは僥倖。どうやら俺の奇特な行動が彼らの琴線に触れたらしい。さっきの立ち振る舞いは、変人っぽいと思われて嫌煙される恐れもあったからほんと良かった。


「いやだってさ、運びたくなるくないか?」

「いや意味わかんねーし」


 三星が半笑いで俺の脇腹を小突く。


「ぶふっ、いやマジもぉりぃやだわ」


 一方未だ噴き出す万治は俺の背中をバシバシ叩いてきた。マジもぉりぃやっていや意味わかんねーし……。


「ていうかさっさと自分の席帰れよ二人とも」


 半ば本音交じりに言ってみるが、この空気では相手も俺が不貞腐れてるようにしか見えないだろう。


「いやいや俺ここだから」


 そう言う万治は俺の左隣の椅子を叩く。


「俺こっちー」


 続いて三星は俺の右斜め前の机へと座る。おいマジかよ。せめて授業中は気を抜くつもりだったのに、これじゃあずっと気を張り詰めないといけないじゃないか……。いやまぁトップグルの一員になるって決めたし、むしろその点ではだいぶラッキーなんだけどさ。


「ちょちょ、守屋君超ウケたんだけど」


 不意に別のところから声がかかる。

 目を向けてみればそこにはつけまつけた女王候補宮内紅葉がいた。ちょっと意外なところから来たな。


「いやぁ、守屋君面白いねぇ!」


 続けざまにやって来たのは元気ポニテガール相川だ。こちらはまぁ宮内に引っ張られただけだろうが、それよりうまい事やらないと。


「やめてくれー! 俺の黒歴史をこれ以上つつかないでくれ~」


 顔を両手で隠して若干知縮こまってみる。

 ウケたから図に乗ってお茶らけてネタを上乗せすれば、万治あたりから調子乗ってると思われるだろう。かと言って黙っていても宮内からこいつ陰キャかよと思われてゴミを見るような目で見られるのが関の山だ。いや陰キャなのは間違いないんだけど。なので全員が俺に対してマウント取れるような反応にしてみた。


「は? そんなのつつくにきまってるっしょ」

「ほんそれ紅葉ちゃん。おーらつんつんつん」


 万治が人差し指でツンツンしてくる。チッ、俺はおでんじゃねぇぞ。いやおでんつついちゃ駄目なんだけどね!


「ごめんね? ほんとごめんね? つっついて穴広げないで?」


 マジで鬱陶しいからね?

 しかし女王様にはウケているようで「やばー」とか言って笑っている。そのせいか万治も調子に乗って両手でツンツンし始める。しかも勢い付けてきて地味に痛いレベル。北斗神拳でも極めるおつもりで?


 仕返しに俺も触っちゃう、つんつん、両目をつーんつんしてやろうかと頭をよぎった頃、三星の声がかかった。


「ほどほどになー」

「まじそれしつこい万治」

「え⁉ 紅葉ちゃん笑ってたよね⁉」

「飽きた」

「紅葉ちゃんミーハーすぎぃ!」


 間接的に自分の行いを流行に重ねちゃう万治やっぱりマジ卍。てかミーハーっていつの言葉なんですかね。


「とりあえず守屋、あたしここだからよろしくー」


 突然呼び捨てしてきたかと思えば、宮内は俺の席の前方斜め左の席の背もたれに座る。


「ちなみに私はここだよ~!」


 今度は相川がポニテをふわふわさせると、俺の前方の椅子へと嬉々として座る。

 いや待て待て、何この席順。右斜め前に三星、左隣に万治、左斜め前に宮内、前方に相川だと? 唯一右隣の隅の席だけは別の子が座っていたが、それでも俺の席はがっちりとトップグルのメンツに囲まれている。項羽もびっくりの四面楚歌ぶりだ。


 ただまぁ、自ら敵の懐に飛び込もうとしてる俺にとってはむしろ好都合な配置ではあるか。


 割と女王からも多少の発言権は認めてもらえた気がするし、いよいよトップグル入りが現実味を帯びて来たと言えるんじゃないか?

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