第8話 教室は静まり返る
一年生に今一度学校生活の注意を促したりするオリエンテーション。下級生と上級生が体育館で一堂に会するという謎儀式。クラスで集合写真を撮るというどうでもいいイベント等を滞りなくこなしていくと、あっという間に帰りのSHRの時間になっていた。
「自分の持つ資格や特技。とりわけ知っておいて欲しい事などできるだけたくさん書いてもらえると先生助かります。二者面談の参考にしたりあと先生もみんなの事をできるだけ多く知りたいので」
先生が言うと、プリントが回って来る。
そこには名前の欄やら特技の欄、好きな事、大会実績、知っておいて欲しい事などの欄があった。
まぁ剣道のこと書いてもいいけど面倒だしいらないか。となると後書くことは……透華のことくらいか。一応学校側に潔癖症である事は透華の親が伝えてあるはずだが、念には念を。もしかしたら伝達ミスでただの潔癖症としか担任が伝えられてなかった場合、軽んじられる恐れもあるしな。
かと言って透華はどうせ自分の事は書かないだろうから、それだけは代わりに俺が書いておく事にする。
知っておいて欲しい事の欄に透華が潔癖症であり、しっかりと考慮してほしい旨を書く。
「さて、それはまぁ明日出してくれればいいので置いておいて。ところでみんなはこの席どう思います?」
突然始まった呼びかけだが、教室内は多少ざわめきつつも静寂が保たれる。まぁそりゃいきなりそんな事言われても困るよな。
「ありゃ、すごい微妙な雰囲気……」
困ったような笑みを浮かべつつ少しよろける先生。サイドテールに結んだ髪の毛が力なく揺れた。ここで普通はお調子者がしゃしゃってきそうなものだがと周りを見渡すも、何か言おうとしている人はいない。
あれ、もしかしてこのクラスそういうキャラ不在なのか? ワンチャン俺がその枠に……いや無いな。流石に無理だわ。
先生もキャラ不在を悟ったのか、生徒からの反応を諦め話を続ける。
「ほら、この席なんか面白くなくないですか? 席替えとかしちゃってもいいかなーって思ったりしたんだけど……」
と、先生が遠慮がちに生徒達を見やる。
なるほど、まぁ確かにこの男女を真ん中で完全に二分するむさくる百合百合しい席の配置には思うところはあった。俺は別にどうでもいいけど、俺は青春ラブコメがしたい! とか思ってる連中とかには面白くないだろう。
しかし何か言う人も無く教室は相変わらず静かだ。
まぁ俺が言ったようなやつも中にはいるだろうがあくまで一部。やはり席替えなんていうのは高校生にとってはさほど楽しい事でもないのかもしれない。
やがて先生の表情に諦念が宿り始めるが、そこへひと声、教室に響く声があった。
「はーい、あたしはやってもいいとおもうー」
手を挙げたのは宮内だったか水城だったかの気の強そうな女王候補。
「わぁ、宮内さん」
先生はまるで神様でも見るかのように目を輝かせる。これ一番席替えしたいのこの人だったんじゃないの……。まぁそれはともかくあの子の名前は宮内の方だったらしい。
クラスの視線を一手に引き受けると、宮内はどこか満足そう、あるいは得意そうな笑みを浮かべる。そしてそのまま視線を前席のポニテの方へ向けた。
「ねぇ、沙奈もそう思わないー?」
「え、あ、はい、私もいいと思います先生!」
突然のご指名に一瞬戸惑ったようだが、沙奈ちゃん、もとい相川が元気よく手を挙げる。調教済みとでも称せそうな反応速度に拍手だ。
ともあれ、これで完全に空気が席替えする方に傾いたな。
「相川さん……! よしじゃあ……やっちゃいましょうかね?」
ウキウキと先生が生徒に尋ねると、無関心そうだった生徒もちょくちょく頷き始める。
まったく、呆れる位に同調圧力に支配されてるなここは。まぁ俺がもし席替えしたくなかったとしても同じように頷くだろうけど。
「ではクジは作って来たので一人ずつ引いていってね!」
どこから始めるか四隅でじゃんけんが繰り広げられた後、見事勝ちを得た相川からクジが回り始める。
その間先生が黒板に番号が埋め込まれた座席表を書き出すと、いよいよ俺の元にもクジが届いた。適当に引けば数字は三十三。廊下側二列目一番後ろか。まぁ位置的には悪くない。
くじが回り切るのを待っていると、ふと脳裏を透華が掠める。
待てよ、席替えってもしかして……。
不安が胸をよぎった時、丁度くじが回り切ったらしく先生が号令をかけた。
「それでは移動開始~」
椅子が床を擦る音が教室に響く中、ひと際乾いた重々しい音が混じると教室が静寂に包まれる。
四方から注がれた視線の先にいたのは、重そうな机を持ち上げた透華だった。小中の席替えでは机ごと位置を変えるが、高校では中身だけを入れ替える。俺は特に教わったわけでもなくなんとなく知っていただけだが、どちらにせよ周りを見ればそれは一目瞭然のはず。
それでもなお透華が机を運ぼうとする理由はひとえに潔癖症であるが故だろう。しかし俺はまだその事をクラスで完全には流布出来ていない。嫌な予感がする。
「えっと清水さん、机は運ばなくてもいいんですよー」
ただの天然とでもとったのだろう、先生が微笑み交じりに言うと教室にクスクスと笑い声が聞こえ和やかな雰囲気をまとった。
まぁ確かにこの図だけを切り取れば天然と勘違いするのも分かる。まぁ実際透華はそういうところもあったりしないでもないが、これは違うんだよな。
「違います先生」
凍てついた声に、和やかな雰囲気に包まれていた教室が再び沈黙した。
透華は先生から視線を移し、移動先の席を見やる。その先にいるのは女子だった。しかもさっきドアの前でイラついてた子だ。これはよくない。
気は進まないが、ここは俺が出張るか。余計な衝突はできれば避けておきたい。それに、ここで動かなければ一緒の高校に来た意味も無くなるしな。
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