第7話 幸先は良し
教室に入ると、既にちらほらと生徒が散見された。未だ中学の時のような喧騒は見受けられないがそれも数日の内までだろう。現にこの少人数の中でも既に声は控えめながらも話している人がいる。
透華はさっさと自らの席へと行くので俺も倣おうと教室内に入ると、突如首元に布切れの感触を覚える。
「よっ、もぉりぃや」
「おーっす」
誰かと見てみれば、万治が思い切り俺の首に腕を回し、その後ろには三星も控えていた。飛んで火にいる夏の虫とはこのことか。ちなみに俺が虫な。
「おっ。一昨日ぶり」
すぐさまオフから切り替え笑みを作る。
「ところでよ、俺見ちゃったわー」
もったいぶるように言う万治。恐らくどうでもいい事だろうが、きっちりと反応しておく。
「何を見たんだ?」
「そりゃお前、誰かさんが女の子と一緒に登校してる姿だよ。なぁ三星」
「見た見た、いやー羨ましいわぁー」
心にも無い三星の羨望の言葉には思い当たるところがあった。まぁこういうのは中学の時から言われてきたから想定済みだ。真っすぐ否定するのもありだが、万治の慣れ慣れしさに合わせてここは少し遊びを入れた方がいいだろう。
「え、マジで? 入学初っ端からそんな羨ましい奴いるのかよ? 誰だれ?」
「おっ、こいつなんか言ってんぞぉ?」
首の拘束がじわじわと強くなる。
「いててて、ギブギブ!」
少しだけオーバー気味に言いつつ万治の腕をぺちぺちすると、首の圧も弱くなる。
「反省したか、お?」
「反省した反省した」
ヘラヘラしながら言うと、万治の腕も首から離れる。まったく、首痛めたらどうすんだよ。反省しろ。
「いやでもいいよなー守屋。勝ち組じゃん?」
と、人生の勝ち組三星が申しております。
「いや別にあれよ、ほんと何も無いからな? 一昨日も言った通りあいつとはただの幼馴染だし」
「ほんとか? お? お?」
「ほんとほんと」
「怪しいわー」
「怪しく無い怪しく無い」
「と見せかけて―?」
いい加減しつこいな面倒くさい、という言葉は当然胃の中で消化し、無い無いと否定を続ける。
ただ、この面倒なやりとりも、こいつらにとっては真心籠った餌だ。事実であれ虚実であれ、女がいると勘ぐるという事は男としての一定の価値を見いだしてもらっていることになる。
一般的に、人が愛玩動物に餌を与えるのは、見返りに可愛い仕草が返ってくるからだろうが、人が人に餌、言い換えれば贈り物を送る場合も、相応の見返りを腹の底では望むものだ。
その望まれる見返りの程度は状況に応じて変わるだろうが、今回の場合は女っけがあると言われる俺と同等以上の立場に相手を引き上げるか、オーバーに恥ずかしがって面白さを提供するかの二択だろう。まぁ後者だとちょっとタイミング逃した感あるし前者でいいか。
「てか、そうは言うけどお前らだって実は女友達いっぱいいるんだろ? モテてそうな奴らに言われても厭味にしか聞こえないっての」
「あ、バレぢった?」
「いや別に俺はそうでもねーよ?」
万治はそう言うが、三星にいたっては絶対に嘘だ。
ただ、この場においてそれが真実かどうかはどうでもよく、ただ俺が二人の事を自分以上の存在であると認識していると伝えたことに意味がある。
これこそ俗に言う会話のキャッチボール……というよりラリーだな。
「やっぱ万治はそうだよな。てか三星は絶対嘘だろ」
「まじそれ」
「んな事ねーけどな」
首に手を当て否定する三星だが、こりゃあれだな、リア充すぎてもう女子との交流とか普通だからこんな反応になってるんだろう。真のリア充とはそういうものだ。万治も見習え。いや知らないけど。
まぁとりあえず今回はこんなもんだろうとたまたま三星の後ろ側に目をやると、若干イラついた雰囲気を漂わせる女子が立っていた。
そう言えばここ教室の入口の前じゃないか……。とどまってたら迷惑だな。
「ま、いいや。とりあえず教室入るか?」
提案すると、そう言えばと二人とも立ちっぱなしなのに気付き教室へと入っていく。
先ほどの女子もつつがなく席へと着くが、スクールバックを置いた際ガタンと音を立てた。もしかしてやっぱり若干怒ってらっしゃる?
はわわわと戦々恐々としていたが、よく考えれば道を塞いでたのは俺というよりトップグルのこの二人だから、そんな怖がる必要無かったわ。それに、あの女子も怒ってたというわけでもなさそうだ。別の女子とすぐに楽し気に談笑を始めている。
「そういや守屋、ライン交換しね?」
先ほどの女子の机を見つつ勝手に納得していると、望外の提案が降りかかって来た。
「おっけー」
無論軽い感じで二つ返事だ。少しでもあっ……、とか言ってしまえば陰キャ認定されかねないからな。とか言いつつ性根はクソ陰キャなんですけどね俺。
まぁそれよりもこれは幸先がいい。まさかあちらから連絡先交換を申し出てくれるとは。幾つか策を弄す予定だったんだがせずに済んだ。
三星がスマホを取り出すので俺もスマホを取り出しつつ三星の席までついていくと、万治もスマホ片手に三星の机までやってきた。
ラインを開きスマホをふりふりすると、万治と三星、二人の名前が友達に登録される。
早くも連絡先をゲットしてしまった。これはもしかしたら行けるかもしれないぞ。トップグル。
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