第6話 開戦の前朝

 さて、今日から友達作りを本格的に行わなければならない。昨日のうちに色々戦略を練った結果、少し冒険してみることにした。標的は一昨日話しかけてきた万治と三星。カーストでもし分けるのであれば恐らく最上位に位置していくであろう二人だ。


 そして恐らく沙奈ちゃん達もそこに入って来る。あの女子二人も素材は良い。イケメン、卍、美少女二人が集まればトップグループになるのは明白だ。もし俺がそこの一員になれたのなら、透華が平穏無事に過ごせるようにする目的は達成したようなものだ。


 ただ、大きなリスクを伴う事は覚悟しておくべきだろう。何せ俺は中学の時はある程度マシな立場だったものの、最上位グループに所属していたわけではない。所属していたのは序列中位グループで、その中で最上位の連中ともパイプがあるような感じの立場に過ぎなかった。当然最上位グループのイロハは一から十まで心得ていない。それだけに下手を打って、逆に疎まれる存在になってしまう可能性もあるのだ。


 中一の時「え、なんでこいつ付きまとってくんの? きも」って言われてたA君今どうしてるかな。ん? 誰か俺の名前呼んだ?

 まぁA君だって挽回してからしっかりとお勉強したからね。多少通用すると思うんだ。中三では一応最上位の連中と交流できたし! 

 頑張れA君! イケイケ永君! と拳をぐっと握り玄関を出ると、制服をきっちり着こなした透華の姿があった。


「頭大丈夫?」

「うわひどい。A君だって不安なんだよ。分かってあげてよ」

「何を言ってるのか分からないのだけれど、一昨日何か髪につけていたんじゃないの?」


 言われたので自らの髪の毛を触ってみると、まったくツンツンしていなかった。ああ、そっちの頭ね……。


 どうやら緊張してワックスをつけ忘れていたらしい。外見は人を判断するための玄関口だ。少しでも見栄えは良くした方がいい。


「すぐ戻る」


 急ぎ家に戻りワックスをつけ、再度玄関を出れば、変わらず透華は姿勢正しく待っていてくれた。


「にしても本当に良かったのか?」

「ええ、少し早く出ることくらいなんともないもの」

「だったらいいんだけど」


 野暮用で少し早く出るから別々で登校しようと昨日話したところ、こちらに合わせるという事だったので今日も通学を共にする事になった。ちなみに野暮用は友達作りな。透華には言ってないけど。


「さぁ行きましょう」


 透華が言うと、手袋を取った肌荒れ一つない綺麗な左手を差し出してくる。


「お小遣いはあげないぞ」

「失敬ね。私がお金に困っていると一体どこから判断したのかしら?」

「その物欲しそうにスタンバってる手から」


 言うと、透華は何の悪びれも無く言う。


「確かに物欲しそうなのは認めるわ。でも私が欲しいのはお金では無くて永人の手に住み着いた何万もの細菌達よ」

「尚更あげる気失くしたわ」


 手は繋がんとポケットに手を入れ先に行くと、半瞬遅れて透華が横に並んでくる。

 少しの間黙々と歩いていると、ふと透華が俺の名を呼ぶ。


「永人」

「なんだ?」


 聞き返すと、透華は胸ポケットから何かの小包を取り出し見せつけてくる。


「この飴を食べたければ手を出す事ね」

「出さん。ていうかなんで俺が飴を食べたい前提なんだよ」


 どうせ無理矢理に手を握ろうとしてたんだろ? そんな明け透けた策に誰が乗るものか。

 さらに深くポケットに手を突っ込むと、透華がじとっと睨んでくる。


「あらそう、ならいいわ。私が食べるもの」

そう言い透華は包みを開け、手袋をとった手で飴玉をつまみ口に入れ込む。

「あー美味しい。食べれなかった永人はさぞかし辛いでしょうね」

「お前はガキか」


 いかにも不満をあらわにする透華だったが、俺ももう高校生だ。それなりに羞恥は覚えるわけでそこのところはどうか理解してもらいたい。大昔の状況ならまだ考える余地はあったかもしれないが、透華もだいぶ成長したしな。……何が変わったって例えば身体の特徴とか。大層なものがあるわけではないが、それでも小学の時に比べれば出るものも出ている。身体が変わるとやはり多少は意識せざるを得ない。


「何をまじまじと見ているのかしら?」


 不意に言われたので視線を上にやると、飴の包みを見せびらかす透華の目とぶつかった。


「お前の身体」

「から……んっ⁉」


 予想外な答えだったのだろう。顔を赤く舌と思えば透華は喉元を抑え俯くと、コホコホ咳き込む。

 少しして咳が収まると、透華は流れる髪から恨みがましそうな涙目を覗かせた。


「よくもまぁ、悪びれも無くそんな事を言えるわね……おかげで飴玉飲んじゃったでしょう」

「……なんかすまん、変に隠すのもあれかと思って」


 言うと、透華は形良い胸元をさすり一呼吸する。

 やがて落ち着いたか、背筋を伸ばすと髪を整えるようにかき上げる。


「まぁでも、飴よりも私を食べたというのなら別に……」

「そういうつもりで見てたんじゃないし食べたくも無い」


 ただの成長日記だ。記録だ記録。ていうかたまたま目に入っただけだし。いやほんと。実は意外とある方? とか思ってないから。


「それはつまり私に魅力は無いと馬鹿にしているのかしら?」


 透華がちろりと睨んでくる。


「極論も甚だしいな。お前はどう考えても魅力的な人間だろうが」

「……」

「考えても見ろよ、料理出来るし真面目だしおまけに美人、しっかり者だし礼儀正しいし清潔感あるし他にも……」

「も、もう結構よ」


 指折り数えていると、透華によって遮られてしまった。少し俯き気味の透華の表情は黒髪に隠れて見えないが、もしかして怒ってたりするんですかね……。確かに言い過ぎた気もするけど、あくまで客観的視点で透華を見た結果そうなっただけなんだよな。


「あまりそういう事を言っていると軽薄と思われるから気を付ける事ね」

「へいへい」


 逆に言えば透華から見た俺は軽薄じゃない奴なのか。少し嬉しい情報だな!


「そ、それより永人は高校でも剣道部に入るのかしら?」


 透華は髪を払いのけ仕切り直しと言わんばかりに聞いてくる。それでも若干仕切り直しきれてなさそうだが気付かないフリをしてあげよう。


「うーん、一応そのつもりだけど若干迷ってるな」

「あら、そうなの?」


 透華が意外そうな顔をする。

 まぁ確かに小学校の頃からやってるし、成績も割といいとこまでは行った。透華が不思議がるのも無理は無いだろう。


 ただ、クラスの地位向上には剣道では正直力不足感が否めない。一応偶然にも中三の頃はそのおかげで最上位とパイプも持てたのだが、そんなに太いパイプというわけでもなかったしそもそも最上位グルに入れていない。


 サッカー部とかバスケ部の最上位から見れば、武道なんて所詮堅苦しくて暗そうな真面目で地味な部活に過ぎないのだ。もしいいところまで言ってなかったら恐らくパイプすら持てなかっただろう。


 ましてや今回俺が狙ってるのはトップグル。部活選びは慎重にしていく必要がある。

 でもサッカーとかバスケは入りたくないな……。未経験だし。団体競技だし。


「そういうお前はどこかに入ったりはしないのか?」


 先が思いやられたので逃避がてらに聞いてみると、透華は存外考える素振りを見せる。


「そうね……もし永人が剣道部に入るのなら、私も剣道部に入ろうかしら」

「はい?」


 予想外から放たれた言葉につい間の抜けた声が出てしまう。

 例の如く何か問題でも? と目で訴えかけてくる透華だったが、今回のこれは普通に問題がある気がする。


「いやだってほら、剣道ってお世辞にも綺麗とは言えない部活だし」

「そうなの?」

「そりゃそうだろお前、なんか防具とか臭ってくるし、特に夏場とか汗もだいぶかいて不潔感マックスだぞ」

「でも防具をつけて打ち合うのだから他の人には直接触れずには済むでしょう」

「……なるほど」


 確かに言われてみればそうだ。


「でもなんでまた剣道部に入るなんて言い出したんだ」

「それは勿論永人と一緒にいるためよ」

「さいですか……」


 あまりの即答に呆れるどころか苦笑いすらこみ上げてくる。


「でも別に家すぐ近くだし、会おうと思えばいつだって会えるだろ」

「それは、そうね」


 少し反駁しようとしたらしいが、事実なので言葉が見つからなかったらしい。諦めたように前を向くと視線を少し落とし口を閉ざす。


「まぁでも、一回見学くらいはしてみればいいんじゃないか? 今日から四月末くらい部活動見学週間とかで見学できるらしいし」


 言うと、透華の顔がこちらへ向く。


「永人はいつ見学しに行くつもりなの?」

「そうだな。明日からは午後まで学校あるらしいし、午前で終わる今日がいいかもな」

「分かったわ、今日の放課後ね」

「いやまだ行くとは言ってないんですけどねー……」


 小声で釘をさしておくが、俺の言葉など気にした様子もなく透華はスケジュール帳を取り出し何やら書き込む。こりゃ聞いて無いな。


 まぁ遅かれ早かれ見学には行かないといけないし、別に今日でもいいか。午前授業が今日だけというのは確かだし。

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