第4話 兄妹は図らずも似る

 始終透華に引っ付かれ人目を気にして精神をごっそりもっていかれたまま家に帰ると、丁度階段を降りてくる影があった。


「ん、お兄お帰り」


 こちらを見るのは眠たそうな眼。

 普段は枝毛の少ない髪の毛も、今は四方八方に跳ね放題飛び放題。ジャージ姿でいかにもだらしない姿だが、素材がいいせいかそこまで不快感は無い。


「一応兄として言っとくが久留美くるみ、もうちょっと身だしなみ整えたらどうだ?」

「いや今起きたばっかりだし」


 スマホを見てみれば時間はもう午後一時。中学もあと少しで春休みが開けるというのに、我が妹の久留美は今日もすさまじい乱れっぷりだ。今からこんなで将来生活習慣病にならないか心配だよ兄は。


「てかそれ以前に家で身だしなみ整える必要無くない?」

「突然誰か尋ねてきたら出れないだろう」

「居留守使えば問題なし」


 悪びれも無いなー。


「まぁそうなんだけどね。ほら、お前も年頃だろ?」


 言うと、久留美は無い胸を抱き寄せて半目で睨み付けてくる。


「うわなにそれ、もしかして実の妹にそういうの求めてるの? 引くわー」

「ありえないな。お前が義理の妹だったとしてもあり得ない。とりあえず鏡を見る前にアドバイスしておくが、まず髪をといて規則正しい生活を心がけろ。家事スキルも磨いて清潔にするとなおいい。あと髪の毛は腰まで伸ばすことだ」


 言い返してやると、久留美はむすりとほんの少し頬を膨らませる。


「わざわざ忠告ありがと。でも最後のはいる? まるでどこぞの透華さんを連想するんだけど」

「……それは気のせいだ」

「どうだか」


 久留美は肩をすくめるとリビングの方へと歩いていく。

 言葉の応報合戦は今回も五分と言った所だろうか。別段兄妹仲が悪いとは思っていないが、いかんせんどちらも本来はネクラなせいで必然的にこういうやり取りが増えてしまう。ただ俺としてはむしろそれが心地よいというか気楽でいい。何せ本音なんてものは身内と透華の前以外では出せない。


「はぁ……」


 なんとなくため息をつくが、それよりも腹が減った。

 俺もまたリビングへ足を踏み入れると、丁度台所の方で久留美がカップ麺にお湯を注いでいた。


「今日も母さんはパートか」

「ん」


 久留美は短く返事すると、ピッピッと三分タイマーをスタートする。

 母曰く、父さんの収入だけじゃ俺と久留美を大学行かせられないとの事でけっこうな頻度で働きに出てくれている。


 子としては大変ありがたいが、いかんせん俺達は家事スキルが皆無だ。母さんがいない時の昼飯は必然的にカップ麺になる事が多い。


 せめて親父がいれば多少バリエーションは増えたかもしれないが、生憎単身赴任なせいでほとんど家にはいないからな。


 棚から適当なカップ麺を見繕うと、ポットの傍でタイマーを見つめる久留美にちょいちょいとスペースを開けてもらう。


 お湯を注ぎ携帯でタイマーをセット。もくもく立ち昇る煙を眺めていると、久留美が口を開いた。


「高校どうだった?」

「まだなんとも」

「そ」


 そっちから聞いて来たくせに随分と素っ気ないな。まぁ俺の受けごたえも問題なわけだが。ただそんな事より久留美が振った話題に対して適当な返しをする時は、大抵何か他に振りたい話題がある時だ。


「で、本当に聞きたい事はなんだ?」


 もし仮に三分経っても切り出さなければあちらの麺が伸びかねないので促してみる。

 ややあって、久留美が少し恥ずかしそうに視線をカップ麺から逸らした。


「いや、貸してた本読んだかなって」


 そういえば本借りてたんだっけか。


「ああ、あれな。まだ全然読んでない」

「は? 読めって言ったよね?」

「おいおいいきなり怖いな」


 さっきは控えめな感じだったのに。 


「いや、ごめんつい。でもそろそろ中学始まるし、話し相手いないと困るって言うか……」


 頬をぽりぽりと掻く久留美はどこかばつが悪そうに言う。


「話し相手がいない、ね。お前の口から出る言葉とはとても思えないな」

「それ本気で言ってる?」


 別段わざわざ久留美の方を向いたわけでは無いが、睨み付けられた気がする。声のトーンが明らかに不機嫌さを伴っていた。


「すまん、悪い冗談だった。現役JCが本なんて読まないもんな。ましてやラノベなんて」

「JCとか言い方キモ。まぁそれ以外はその通りなんだけど」


 どこか不貞腐れたように言う久留美。横目で様子を見てみれば口を尖らせ明らかに不満げだ。


 まぁ無理もない。他者とは違う趣味嗜好、その他もろもろの己と違う点を認めないのが人間だ。たとえそれが害を成すような事じゃなくても、きっちり足並みを揃えようとする。しかしそれを拒めば最後、待っているのは迫害だ。それが合理的な迫害ならまだいい。だが非合理的な場合の方が現実には多い。ただの私情とかな。


「お前も苦労するな」

「お互い様でしょ」


 俺の外面の厚さはある程度久留美も把握しているらしい。悲しいかな俺達はどこまでも兄妹のようだ。ただ、俺なんかはあまり人と関わりたくないが、久留美は人とのつながりを求めている。それは久留美が色んな人に好かれ、なおかつクラス委員長を一年二年と続けてきたことから窺える。


 故に、その姿は痛ましい。好きであればなおのこと己の事は知ってもらいたいだろう。しかしそれを久留美はできない。するわけにはいかないのだ。

 何故なら、久留美が好きな相手は人間だ。


「だからまぁ……」


 不意に久留美が口を開く。


「お兄も高校で忙しいだろうし、厳しそうなら無理に読まなくてもいい」


 久留美が視線を少し落とす。


「遠慮なんてらしくないな。別に高校なんて始まればすぐ慣れる。本のタイトルも割と面白そうだったし、近いうちに必ず読んどく」


 外では常に気を張り詰めておく必要がある。だから少なくとも家でくらい遠慮などせず気を抜いてもらいたい。とか思ってみる理想の兄貴どうも俺氏です。


 さてカップ麺できるまであとどれくらいかなと携帯を手に取ると、久留美がぼそりと呟く。


「……ありがとう」


 小さい声だが、確かに聞き取る事が出来た。ラノベ主人公ならここで「え、なんだって?」なんていう所だろうな。だが残念なことに俺には主人公の資格がないのか耳はすこぶる良い。


「お前にもまだ感謝の気持ちがあったか。兄は感動した」

「は、はぁ? 何言ってるか意味わかんないし。だ、誰だってあるに決まってるでしょ?」


 久留美がわちゃわちゃ慌ただしくカップ麺のおもしをどけると、手早く器と箸を持って俺に背を向ける。


「まだタイマー終わってないんじゃないのか」

「部屋に戻ったら丁度いいくらいだし!」


 そう言い残すと、久留美はさっさと台所を後にする。昼飯くらい食卓で食べればいいのにな。

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