第2話 清水透華は……


 担任が明日以降の事を簡単に説明し終え、ついに帰りの時間となっていた。

 教室では、椅子が床を擦る音と、他人行儀な布切れの音しか聞こえない。

 どうやらまだ様子見という事か、ソロが多いみたいだ。


 とは言え、油断はできない。恐らく明日の日曜挟んだ次の日以降友達作り合戦が激化してくる。あるいはすでに場外ろうかで話しかけているのかもしれない。俺も明後日は少し早めに教室へ行くとしよう。


 とりあえず家に帰ったらすべきことは、今日聞いた自己紹介を吟味して誰に話しかけるかの算段だ。


 ただ、その前に透華だな。あれだけ無難な自己紹介をしておけと言ったのに少しお灸をすえた方がいい。

 透華の方へと行こうとカバンを持つと、ふと誰かに視界を遮られる。


「おっ、肩大丈夫か、もぉりぃや君」


 全体的に低い調子で『もぉ』で上がって『りぃ』で下がり、『や』で上がる。記号化したらもぉ↑りぃ↓や↑みたいなイントネーションで名前を呼ばれた。いや守屋だから俺。


 誰か確認すべく声の方へ焦点を合わせれば、そこにはアニメのように金髪の美少女なんていなかった。


 代わりにいたのは金髪のチャラいの。野郎。その隣にもう一人、高身長明るめの茶髪がいるがこちらはなんとなく爽やかな感じがする。でも野郎。


 俺を呼んだのは金髪だろうが、なんにせよ俺自身の立場を確立するには野郎との関係もきっちりと構築しておかなければならない。確か金髪の方は万治仁まんじじん、爽やかそうなのは三星翔みつぼししょうだったな。将来カーストトップのグループ、略してトップグルを形成しそうと目星をつけておいた奴らだ。あちらから話しかけてくれるのは好都合。


「万治君と三星君だったっけ? とりあえず動くから大丈夫だけど、半年運動しないだけでこんな鈍るのな」

「分かるわー。鈍るとまじ動けなないよなー」

「それ。三星君は確かサッカーやってたんだっけ?」


 自己紹介の内容を思い出しながら、相手から会話を引き出そうと試みる。


「そそ、ほんとよくあんな走れたわ。でも痛めた時ってたまにまじでヤバイ時もあるし、念のため気をつけとけよ?」


 どうやら俺が肩を痛めてる事を気遣ってくれたらしい。顔面偏差値も高いし、三星の方は恐らく性格いい型のリア充だろう。


「あ、あと別に君いらねーぞ? 俺も守屋って呼ぶし。な、万治」

「おんおん。万治でいいぜ、もぉりぃや」


 一方相変わらず特異なイントネーションで話しけてくる万治はどうやら卍型リア充だな。バイト先で悪戯した動画を上げたがるのがここらへんだ。ていうか名前からしてマジ卍。ばちばちのリア充オーラを放つ人間は実はあまり得意ではないが、卍型リア充は特に苦手だ。


 まぁでもせっかく話しかけてきてくれたんだ。ある程度好印象はつけておきたい。相手から近づいてきてくれるならこちらも相応な態度をとるべきだ。


「おっけー、それじゃあ遠慮なく三星と万治。よろしく」

「おう」


 三星が爽やかスマイルで応じてくれるが、万治の方はいきなり俺の肩に手を回してくる。

 ちょっと肩痛いって言ったよね⁉ この馴れ馴れしさやっぱりマジ卍。


「でよ、もぉりぃや。清水さんとどーゆう関係よ?」


 やっぱりそう来たか。まぁあの強烈な自己紹介を見せつけられたら聞きたくなるのは当然だろう。


「あー、やっぱ気になる?」

「あたまえだろぉ? つかあの手袋もっばくね? おしゃんてぃ?」


 当たり前だろ、ていうかあの手袋もやばくない? おしゃれ? と言いたかったのだろう。


 言い方は卍らしいが良い事を聞いてくれた。透華の性質はあらかじめ俺から伝えた方がいい。何故なら、ここで俺から聞かなければ、その性質を知る術は透華自身から拒絶という形になる可能性があるからな。


「まぁあれよ、あいつとはただの幼馴染で、あの手袋は……」

「ねぇねぇちょっといいー?」


 透華の性質を口にしようとした時、ふと別の方から声が割り込む。

 見てみれば、そこには肩より長い髪を波打たせたようなパーマの女子がいた。


 名前は……やばい忘れた。とりあえずなんかもう雰囲気からしてトップグルに所属しそうだなと遠目に眺めていた子だ。そしてその子に引っ張られてやってきた女子がもう一人。


「三星君ってこの子と同じ学校だったんでしょ?」

「い、いやあ、そうなんだけどね……」


 パーマ女子の隣に並んだのはポニテ女子だった。こっちも名前なんだっけ……。

 できる限り覚えようとは思ってたんだけど、一発じゃやっぱ全員のは頭に残らないな。でも明るい感じの自己紹介であと性格良さそうだと思っていた子なのは確かだ。

 ただ、今は微笑みつつも少し居心地悪そうに身をよじり頬を掻いている。


「ああ、確か沙奈さなちゃんだっけ、三年の時二組だった」

「え、覚えててくれたんだ⁉ 一緒のクラスなった事なかったのに?」


 三星の言葉に、緊張を解いたらしい性格良さそうな方はポニテをぴょこりと揺らす。沙奈ちゃんというらしい。いきなりちゃん付けは流石三星としか言えないが、今は俺も名前が分からないので沙奈ちゃんとしておこう。


 まぁそれはさておいても、先ほどなんとなく沙奈ちゃんが居づらそうだった理由はよく分かった。大よそ、イケメンリア充オーラむんむんの三星とお近づきになるためのダシとして名前忘れたパーマ女子に無理やり引っ張られて来たんだろう。


 さっきもいきなり話に割り込んで来るあたり、沙奈ちゃんじゃない方は我が強そうだ。ただいずれにせよ顔面偏差値は高いしこりゃあ女子のトップに君臨するのはほぼ確定だろう。くわばらくわばら。


 目をつけられませんようにと俺が心中で祈っている間にも、目の前にリア充空間がどんどんと形成されていた。


「逆に沙奈ちゃん俺の事知ってたんだ、。うち十一クラスあったよな?」

「やっべぇ!」

「そりゃ当たり前だよ。なんたってサッカー部のエースだったからね!」

「ぱねぇ!」

「え、三星君エースだったんだ、かっこいい!」

「はぇ~すっごい」


 なんと眩しい会話だろうか。まさにザ・トップグループってやつらしい。

 ちなみに間にやべぇだとかぱねぇだとか口を挟んでいるのは万治である。なんとかして会話に入ろうとしているようにも見えるが、女子からは総スカンなのがなんとも言えない。


 まぁ色々と違うから仕方ないね。何が違うってオーラとか顔とか顔とか、あと顔。いや不細工では無いんだけどね? やっぱ三星と並んだら劣っちゃう。まぁかくいう俺も同じというかそれ以下だと思う……いやどうだろうな。まぁ自分の評価なんて往々にしてあてになるもんじゃないよね! 


 俺って他の人から見たらどんな感じなんだろうな―とか思ったりしてみてると、ふと三星が俺の名前を呼ぶ。


「でさ、守屋、結局あの手袋はなんだったの?」

「ん、ああ」


 突然言われたのでついつい声を詰まらせてしまった。ちょっと気が抜けてた、反省。こんな調子ではいい感じの立場に行けないじゃないか。


「あ、私もそれ気になってた! ちょっと話聞こえてたんだけど幼馴染なんだっけ、守屋君」


 沙奈ちゃんはどうやら俺の名前を覚えていてくれただけでなく、こちらの会話の内容もちゃんと耳にして覚えていてたらしい。名前忘れててごめん……。


「なんかすごかったよねー」


 沙奈ちゃんじゃない方が透華の方を一瞥する。その視線に気づいてか気づかなくてか、透華は黙って立って廊下へと歩いていった。さっさと教えて今日のところは引き上げよう。


「まぁ幼馴染なのは言った通りだけど、あの手袋はさ……」


 ――潔癖症ってやつ。

 俺と幼馴染である清水透華はその美人な姿からお近づきになろうとしてくる人が多い。ただとうの本人はその性質、つまり潔癖症が故にその琴線に触れてしまった時に他人を拒絶し、きつい言葉を浴びせてしまう。たとえ初対面であってもだ。


 そうなれば透華に対する印象は悪くなるのは確実。そして教室という同調意識の塊のような空間では雪だるま方式でその地位は下り始めるだろう。初対面の印象は思った以上に人の心に居座り続ける。


 だからあらかじめ潔癖症というワードを擦り込む。そうする事で多少きつい言葉を浴びせられても仕方ないと思える土台の形成を促し、あるいは透華と接するにあたってきつい言葉を投げかけられないように配慮してもらう。無論すべてそれだけでうまくいくとは思っていないが、なんとかなる可能性は増えるはずだ。


 透華は幼馴染で、俺にとっては家族同然の存在。何があっても悪意の渦中に晒させるわけにはいかない。俺が高校生活で成すべき事、それは他でもない、透華が学校生活を平穏無事に過ごせるようにすることだ。そのためならなんだってする。


 ……なんだけども、あの自己紹介だよ。話の種になるというメリットはあったが、あの横柄とも捉えられかねない態度に悪い印象を抱いた人もいるだろう。初っ端からこの調子じゃ少し先が思いやられる。


 透華について、潔癖症である事やそれによって厳しい言葉を投げてしまうかもしれない事を説明し、理解してやってほしいとしめると、一応この場では全員頷いてくれた。


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