〇トップグループへの道

第1話 幼馴染の自己紹介

 日差しの暖かなこの季節。辛かった受験を乗り越え、ようやく高校という場に立つ事ができた。


 入学式も終わり、戻って来た教室の黒板の前では、丁度三十を過ぎた頃合いかそこらの女性、担任の荒沢先生が高校生活を過ごすにあたってのどうでもいい話をしてくれている。別に高校は義務教育じゃないとかこれ学校側から言えと言われてるんだろうなぁ。上に逆らえないのは公立高校のSAGAだな。いや私立も同じか。


 そろそろ退屈になってきた頃合い、俺はなんとなく窓際の席へと目を向けた。

 視界の先に映ったのは青空を背景に黙々と話を聞いている幼馴染の横顔。


 才色兼備、容姿端麗。枝毛一つなく腰を流れる黒髪は彼女の性格を表しているのか。そんな風に初対面の人は思うのかもしれない。大和撫子とも見まがう容貌は現代的な制服すらも美しく魅せるが、ただ一つそこには異彩を放つ装飾があった。


 それはひとえに白い手袋。


 ドレスグローブともよばれるのか、その手には日傘が似合いそうだが、今はシャーペンが握られている。どうやら先生の話をメモっているようだ。


 これまた初対面の人はきっと、どこかの教養あるお嬢様なのかもしれないとかあれやこれやと考え、各々都合の良いようにプラス解釈していくに違いない。それ程までに清水透華きよみずとうかの背筋は伸び、またその姿は綺麗に映えているのだ。まぁ実際真面目なのはその通りだからな。


 ただ、あいつの幼馴染である俺は知っている。その清い蓋を開けば中身がいかに不純に濁されているのかという事を。


 また、俺は勿論知っているが、あいつと接した人間は否が応でも知ることになる。その手袋がどこかのお嬢様の証ではなくただ彼女の性質を表しているだけの特徴に過ぎない事を。


「というわけで、自己紹介から行ってみましょうか」


 どういうわけで自己紹介に行くのか分からないが、担任が嬉しそうに手を叩く。

 遂にやって来ちゃったか自己紹介……。透華の事も心配だが、ここで俺がしくじるわけにはいかない。何せ俺はこの高校生活で一つの事をやり遂げなければならない。そのためにはこの自己紹介という今後学校生活を左右するであろうイベントはしっかりとこなす必要があるのだ。


 大事なのはとにかくクラスで一定の地位を得る事。そのためにわざわざ髪も三十分かけてセットしてきた。まぁセットと言ってもガチガチツンツン頭ではなくほんの少し自然にワックスをつけただけで、なんなら気付く人の方が少ないくらいのレベルだ。


 まぁそれはいい。自己紹介は何を言うか事前に決めてある。露骨なウケは狙えばスベる事必至だが、かと言って名前、学校、部活、趣味等々を言うだけの無難なものにしても印象に残らないだろう。だからほんの少し変化球は投げさせてもらう。

 さあいつでもばっちこーいと構えていると、やがて俺の番が来た。


「じゃあ守屋もりや君」


 さて、声はできるだけ明るいトーン。無表情ではなくやんわりだ。


「はい。南中から来ました。守屋永人もりやえいとです。中学の時は剣道部に入っていました。引退するまで毎朝素振りばっかりしてたんですけど、受験勉強が始まってからやめちゃってて。それで今日の朝久しぶりにしてみたら、肩をちょっとやっちゃったみたいで地味に痛いです。高校では身体をなまらせないよう勉強しすぎないようにしようと思います」


 言うと、大爆笑なんてものは当然起きないが、うっすらとした笑いは起きた。まぁこんなもんだろう。

 一年間よろしくお願いしますと締めくくり座ると、どっと疲れが押し寄せてくる。


 あー良かった。一言一句間違えずに言えた。前日夜更かしして考えた自己紹介を文章に起こして丸暗記した甲斐があった。リアル感出すために朝方ちゃんと素振りしておいたもの良かったかもな。


 さて、俺の自己紹介は終わったものの、問題は透華だ。中一の時の自己紹介は……それはもうなんかもうなんかな自己紹介だったよね。なんだっけ、「これから一年私に触れる事は一切許さない」か。まぁあれから二年、三年も似たようなものだったが、もう高校生だ。少しは成長してるよな。一応入学前に自己紹介は誤解されないようにと釘も刺したし。


 うんうん大丈夫と自分に言い聞かせていると、やがて透華の番となった。その美貌故か、他の発表者より心なしか注目を集めているような気がする。

 クラスメイトの視線を一手に引き受けながら、透華は腰まである艶やかな黒髪を払いのけた。


「清水透華。これから一年間、永人以外のただの人間が私に触れる事を許可しません、以上」


 毅然と言い放つと、透華は席に着いた。


 ……まじかー。


 周囲に意識を向けると、ちらほら囁きが聞こえ、またクラスメイトの半数以上が俺の方を見たり見ながら囁いていたりしていた。残りは事態が呑み込めないのか、はたまた俺の事に興味はないのか、透華の方へ奇異な視線を向けている。


 あいつ……散々中学の時のような自己紹介はしない方がいいと言っておいたのにほとんど同じじゃないか。何、変わったのって俺の名前が入って来たことくらいだよね? ラノベヒロイン団長リスペクトしたのか? まぁどちらにせよむしろ悪化してると思います!


 ただ見方を変えれば一概に悪化とも言い切れないのか。むしろ逆かもしれない。まず今ので俺の名前が周囲により印象付けられた事が一つ。そしてもう一つは透華にクラスメイトの興味が向いた事だ。興味と言うより好奇と言う方が正しいかもしれないが……。


 まぁ考えても仕方ない。今は他の人の自己紹介をしっかり聞かないと。いい感じの立場に収まるにはクラスメイトの名前くらいはできるだけ把握しておいた方がいい。


「えっとじゃあ、次の人お願いしましょうか」


 若干困惑気味ながらも先生が声をかけると、教室はまた落ち着きを取り戻す。

それからは透華のような人もなく、着々と自己紹介が進んだ。

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