コミュ力陰キャの間違いだらけなラブコメ

じんむ

That is wrong

プロローグ これが守屋永人である

 今の時代、入試結果などというものはワンクリックで見られるところは多い。今回受けた高校もその例に盛れず、同じくここを受けた幼馴染なんかは、そのうちワンクリックで合格の文字を見る事だろう。


 にも拘わらずこんな寒い中外へ出向いているのは、これまた同じくこの高校を受けたクラスメイトに、張りだしの方もあるらしいから見に行こうぜと誘われてしまったからだ。ほんと、なんでも一緒に行動する風潮どうにかなりませんかね? ましてや入試結果とかそんなん友達と見に行くもんじゃねぇよ……。


「うわー緊張するー」


 校門に差し掛かった頃、クラスメイトが手を擦り合わせる。俺はただの滑り止めだからまったく緊張していない。


「ほんまそれ。わいも脇汗ヤバイわ」


 こんな寒いのに? それ多汗症じゃないの? 大丈夫?


「やっぱ緊張するよね。帰ろうかな僕」


 電車賃とバス代勿体ないからやめとけよ。


「何言っとんねん! ここで帰らん以外の選択肢があると思ってるん? 答えは無いやで」


 くどい言い方しやがって。くどいのは喋り方だけでええねん。実況版行きすぎやで。知らんけど。

 ああ早く帰りてぇと三人の話に耳を傾けていると、こちらにも話が振られた。


守屋もりやは逆に余裕そうやな」


 当たり前だろ。自己採点したら余裕で合格ラインだったわ。


「いやいや、そーでもない。自己採点したけど割とギリギリだったし」

「こん中で一番頭ええのお前やねんぞ。ありえんで」


 実況民の言葉に、他二名も頷く。


「頭いいというか、テストの点数がいいの間違いな。テストは決まった問題集解いてりゃ誰だって点数上がるけど、受験はそうもいかない。素の頭の良さが物を言う」

「素もええやろお前」

「良くねーよ。それ言ったら野球部でキャプテンやってたお前の方がよっぽどいいと思うけど」

「え? わいが?」

「おう。キャプテン、特に団体競技のキャプテンは状況判断とか的確にできないと務まらないし、そもそもお前野球ばっかやってて夏まで勉強してなかっただろ? なのに山学受けるレベルまで来てるんだからお前は相当伸びた」


 俺が指摘すると、他二名も確かにと頷き始める。


「えぇ~ほんまかいなぁ? 褒めても何もでーへんでぇ?」


 実況民は身体をくねくねさせる。なんか気持ち悪いからやめろ。

 でもまぁ実際、こいつの学力が伸びたのは事実だ。人並み以上に頭いいのはその通りなんだろう。

 ただ、それで受かるかどうかは別問題。何せうちの野球部はすこぶる弱かった。

 


 そうこうしてるうちに山学へ到着。よっしゃやっと折り返し地点だ! ……まだ折り返し地点かよ。人も割と多いし、誰かインフル同伴で入場してきて無いだろうな? 校内はペット禁止だぞ。


 帰りたいやらなんやらでげんなりしていると、やがてスーツを着た人が布でカバーされたボードをころころ転がしてやってきた。

 隣で実況民が「くぅ~」と謎の奇声を上げ始める。さてはお前がインフルだな! しっし!


 僅かに実況民と距離を開けつつ、発表を待っていると、やがてボードの布が恭しく取り払われる。


 俺の番号は9924。こいつらとは願書の提出日は少しずらしたので、俺は別のところを見る事になるだろう。9900番台の方へ目を向けると、すぐに9924の数字は見つかった。ま、そりゃ受かってるか。


 さて他の連中はと横を見てみると、三人のうち二人がガッツポーズしてお互い目を向け合っていた。


「ようっしゃあ!」

「やったよ僕!」


 どうやら受かったらしい。それは良かった。

 ……ただ、未だ受験票片手にボードと睨めっこしているのは実況民。

 僅かに額に汗が滲んでいるのはそういう事なんだろう。

 合格者二名も何やら不穏な気配を感じ取ったらしい。表情から笑みは引いて行き、実況民の様子を気遣わしげに窺っている。


「……ない」


 ぽつりと呟かれた言葉は、空気を一転させる。笑みを収めつつもどこか祝福ムードを滲ませていた合格者二名も、完全にお葬式ムードだ。

 だから入試結果は友達と見に行くもんじゃないとあれほど。まぁ言ってはないんですけどね。


「えっと、その……もう一回見ればもしかしたら……」

「あらへん」


 合格者のうち一人が言うが、即座に返されてしまう。まぁそりゃちゃんと確認するだろ。


「でもほら、別にまだ他にも受験あるし、高校なんて通過点だし……」


 もう一人の合格者も声をかける。

 確かに実際その通りなんだろうけど、合格者からそんな事言われてもなぁ。


「まぁ、せやけど……」


 一応実況民は返答するも、明らかに心が籠って無かった。

 困ったのか合格者二人は俺の方を見てくる。お前もなんか言えよってか? 俺が合格前提なのもそうだが、仮に合格者だとして何か言ってやれよとは死体蹴りがご趣味で?


 かと言って何も言わないも、今後のこいつとの関係性に傷をつける事になるかもしれない。まぁ今後と言っても付き合いなんて一か月ちょっとだが、その一か月で何が起こるとも限らないしな。関係はつないでおきたい。となれば今俺ができる有効な一手はこれくらいか。

 一息つきポケットに手を突っ込み受験票を取り出すと、一思いに引き裂いた。


「え、ちょっと守屋何やってんの⁉」


 合格者の困惑の声に下を向いていた実況民もこちらへと目を向ける。


「お、おい守屋ほんま何しとんねん⁉」


 焦る三人をよそに、俺は受験票を屑になるまで破った。特に番号のところは入念に。


「いやー俺も落ちててさ」


 俺のヘラヘラと放たれた言葉に一同目を丸くする。


「は? マジ⁉ 守屋が⁉」

「嘘やん⁉」

「まぁこういう事もあるんだよ」


 いや無い。ただ、一人だけが不合格より、もう一人も不合格だったほうが気は楽になると思ったからそう言ったまでだ。ましてやこいつの中で俺の学力の評価は高いらしいからな。そんな奴でも落ちる事があるのかという逃避先も提供できたことだろう。


「いやでも守屋あんなテストの点数ええのに……」

「だから言っただろ? テストと入試は別だってさ」


 呆れた素振りで笑みを作り、紙くずを自らのポケットに押し込む。流石にポイ捨てはいけないよな。


「それよりお前もどうだ? 思い付きでやってみたんだけど割とスッキリしたぞ」

「えーほんまかぁ?」


 訝し気にしながらも実況民は受験票を破る。

 実況民はふむ、と一つ呟くと、ビリビリとさらに細かく破っていく。


「うわ、ほんまや。なんか腑に落ちた感じがするで」


 腑に落ちた感じってどんな感じだよとはツッコまず、「だろ?」と笑いかけてみる。


 そんなやりとりを見る合格者二人は未だ浮かない様子だ。まぁそりゃ手放しには喜べないだろうな。でも、不合格者が一人だけじゃない事実はこいつらの負担も軽減したはずだ。


「二人は合格したんだよな? おめでとう。俺らは落ちたけど、まぁ別にまだ入試あるし、せいぜい頑張るとするよ。な?」


 実況民に同意を求めると、不合格仲間の言葉に実況民も笑みを浮かべる。


「ま、せやな。わいもまた守屋と一緒に頑張るわ! 二人ともおめでとうやで!」


 先ほどと違い、幾らか明るくなった実況民の様子を見て、二人の表情も少し柔らかくなる。


 そんな様子を見つつ、つくづく思う。俺はほんと性格悪い。でも嘘で固めたそのやり方はたぶん高校になっても同じなのだろう。何せそれ以外のやり方を、俺は思いつくことができない。


 それからお互い学校の事やら受験の事やら、なんてことの無い話に花を咲かせつつ帰路につく。

 合格発表には二度と誰かといくまい。そう誓う中学三年の冬だった。

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