Ⅳ ドラッヘの武勲詩
「で、こいつがその財産を勝手に増やしてくれるっつう黄金の指輪か……」
また、黄金の傍らにあった小さな革袋を手に取って開けてみると、予想通り中からは精巧な細工の施された金の指輪が転がり出てくる。
「まさに伝説通りだな……やったぜ。誰も見つけられなかった〝レヌーズの黄金〟をついに手に入れてやった! …ハハ……ハーッハハハハハ…!」
だが、その古めかしい渦巻き模様の入った指輪を月光にかざし、この成功に歓喜の高笑いを上げていた時のことだった……。
「……っ!?」
不意に恐ろしい殺気を感じ、俺は宝箱から咄嗟に一歩退く……と、その瞬間、黄金色に煌めくその箱の中から半透明の黒いバケモノが飛び出し、一瞬前まで俺の頭があった空中を大きな口で喰いちぎりやがった。
「ユビワヲカエセ……ソレハ、オレノモノダ……オウゴンハダレニモワタサン……」
そのヌメヌメとした暗灰色の皮膚を持つ怪物は、箱の上にとぐろを巻くようにして身を置き、蛇の如き赤い眼で俺を睨むと、腹に響く不気味な声でそう脅しをかけてくる。
やっぱりいやがったか……おそらくはこいつがファフニルだろう。ワームもドラッヘ(※ドラゴン)の類だと聞くが、龍というより巨大なイモリのような印象を受ける。
「……ま、想定の範囲内だ。ヴォラク! お待ちかねの出番だぜ!」
だが、俺は慌てることなく、今回の相棒の名を声高らかに夜の闇に叫ぶ。
こんなこともあろうかという考えもあって、数ある悪魔の中でも龍総統ヴォラクを選び契約しておいたんだ。目には目を、龍には龍をっていう作戦である。
「チッ…ったく悪魔使い荒えなあ。〝カレマリス〟さえなかったら契約料に魂を喰ってやるのによう……」
俺の呼び声に、もう一体のこの世ならざる者も悪態を吐きながら半透明の姿を現す……双頭のドラゴンの背に乗った、天使の翼を持つ半裸の美しい少年である。
「コレハ、オレノモノダ……」
「うっさいオッサン! こんなタダ働きうんざりしてんだ。とっとと終わらせて帰らせてもらうぜ!」
一見、天使と見紛うような、無邪気な声をした可愛らしい少年であるが、こいつが悪魔であることはすぐに知れる。
「ガァウゥゥゥっ…!」
「グゥエェェ…!」
躊躇いもなくヴォラクはファフニルに突っ込んでゆくと、ヤツの乗る双頭のドラゴンと巨大な黒いイモリは取っ組み合って激しい死闘を始める。
鋭く尖った爪を立て合い、お互いにお互いの胴に噛みつき、組んず解れつ濡れた地面をのたうち廻っての大乱闘だ。
「クワアァァァ…!」
その乱闘の中、奇妙な鳴き声とともにファフニルは黒い霧のようなものを口から吐き出す。
「うっぷ…変なもん嗅がせやがって……おい! どっか隠れてろ! 毒霧だ! 俺は強えから平気だけど、おまえはこれ吸ったら死ぬぞ! いくら霊体だからって、こいつが見えてる時点で現実と変わらねえだからな!」
黒い霧を吹きかけられたヴォラクは溜まらず後へ跳び退くと、可愛い顔を俺の方へ振り向けて大声で叫ぶ。
「それとも、その
「ハン! 誰がんなバケモノの相手なんかするかよ! そのためのてめえとの契約なんだからな!」
続く悪魔の言葉にそんな悪態を吐くと、俺は護身用に〝つるはし〟を拾い上げ、慌てて近くにあった大岩の影に逃げ込む。
言われるまでもなく、もちろんそんな危険を冒す気はさらさらねえ。そもそも霊体であるファフニルに実体の俺の攻撃は効かねえ反面、ヴォラクの言ってたようにその存在を認識しちまっている俺の心と肉体は、ヤツの攻撃を現実と判断して被害を被っちまうからな。
もっとも、悪魔の力を宿したこの〝つるはし〟なら霊体に傷を付けられるだろうが、んな分の悪ぃケンカはまっぴらごめんだ。
俺はとばっちりを被らないよう、安全な場所からバケモノどもの乱闘を高みの見物と洒落込むことにした。
「オレノタカラヲウバオウトスル、ヌスットメガ……」
「てめえだって、親父ぶっ殺して奪ったんだろうがよお!」
成り行きを静観する俺の目の前で、二匹のドラゴンは壮絶な死闘をなおも続ける……。
「クワァァァ……グゥエェ…!」
「うくっ……ぐぅ…」
再び毒の霧で牽制をかけると、ファフニルが俄かに攻勢に出る……そのぬめぬめと黒光りする太くて長い尻尾を振り回し、まるで巨大な鞭のようにしてヴォラクを連打しだしたのだ。
「…チッ……あうっ! や、野郎……」
その猛攻をヴォラクは双頭の竜を操って防御するが、ファフニルの攻撃はそれだけに終わらねえ……いや、むしろそれは次の一撃へと繋げるための布石だった……ヴォラクが尻尾の鞭打ちに騎乗するドラゴンを当てている隙を突き、巨大な黒イモリは長い舌を伸ばすと悪魔の本体である天使様の少年に絡めつけたのである。
「うぐあああっ…!」
そのままファフニルはヴォラクの本体を舌で締め上げ、ミシミシと何かが潰れゆく嫌な音とともに、美しい半裸の少年天使は苦悶の叫び声を夜の闇に響かせる。
「おいおいおい、こいつはやべえんじゃねえのか? 龍総統ヴォラクはあらゆる爬虫類を支配するんじゃなかぅたのかよ……」
さすがにこの危機的状況には、俺も大岩の裏で不安を感じ始める……英雄シーグルーズも手を焼いた伝説のワーム……霊体になったといえど悪魔の力すらも凌駕するっていうのか……。
「…ふ、フン……俺は爬虫類には強えけど……
俺の呟きが聞こえたのか、半裸の天使は苦痛にその可愛らしい顔を歪めながらも減らず口を叩く。
俺は、手にした愛用の我が〝つるはし〟を顔の前で強く握りしめ、そこに刻んだ悪魔の
俺は、手元から再びドラゴン達の死闘へと視線を移す……やはり相変わらずヴォラクの本体はイモリの舌に締め上げられ、反撃しようとする双頭の龍もファフニルの鋭い爪と尻尾による鞭打ちに防戦一方だ。
と、その時、バケモノ達が争う傍らで、そこだけキラキラと眩い光を放つものが俺の目を捉えた。
それは言うまでもなく、天空より降り注ぐ蒼白い月明かりを一身に浴びて、黒く錆びた宝箱の中で輝く黄金の延べ棒だ。
もしここでヴォラクが敗れれば、俺の命まで危ういかどうかはともかくとしても、確実にあの黄金は手に入れることができなくなる……こんだけ金と時間と労力をかけて、ようやく見つけたお宝だっていうのに、そんな骨折り損のくたびれ儲けの結末受け入れられるか!
俺は相棒の悪魔を助けたい義侠心でも、英雄のような武勇の心でも、そして命の危機に瀕した恐怖心からでもなく、そんなもんよりももっと強い〝欲望〟という名の
「……よし。ここは一つ、英雄シーグルーズの真似でもしてみるか……」
そうして太古の英雄にでもなったかのように不思議な高揚感を覚える俺の脳裏に、俺のような矮小な人間が強大なワームとやり合うための唯一の戦法が思い浮かぶ。
「ヴァラクの野郎、感謝しろよ……よし! 今だっ!」
俺は二体が組み合っているどさくさに紛れ、岩陰を飛び出すと大イモリの腹と地面の隙間目がけて滑り込む……幸い川底にあったために土がぬかるんでいて滑るにゃあ好都合だ。
「うぉりゃああああーっ!」
そして、滑り込むのと同時に、その勢いのまま悪魔の力を宿した〝つるはし〟をファフニルの胸目がけて月ってた。
そう……かつて窪みに隠れたシーグルーズが、聖剣グラムでヤツの心臓を貫いた時のように。
「ウォォォォォォォ…!」
心臓……いや、今や霊体なんで、んなもんあるのかないのかもわからねえが、生物ならその生命の源がある場所を〝つるはし〟で貫かれたファフニルは、薄ら寒ぃ低く不気味な叫び声を冷たい湿り気を帯びた夜の空気に響かせる。
「今だ、ヴォラク! たかがワーム如きにそんなざまじゃ龍総統の名がなくぞ!?」
「んにゃろ、龍総統なめんなよ、コラあっ!」
すかさずイモリの腹の下から挑発する俺の言葉に、粘膜に覆われた巨体を挟んで頭上にいるヴォラクが応えた。
俺の一撃で舌の締めつけが弱まると、ヴォラク本体の美少年はその舌へ逆にしがみつき、純白に輝く天使の翼を広げて天空高くへと舞い上がる。
「ガァウゥゥゥっ…!」
そして、舌を引っ張られる形となって攻勢が弱まった好機を逃さず、夜気を震わせて咆哮をあげた双頭の龍は、左右からファフニルのぬらぬらと黒光りする丸太のような黒い胴体にその鋭い牙を突き立てた。
「…ウグゥゥゥゥッ! ……ゥゥゥ……オウゴンヲウバウモノニ……ノロイ……ア…レ……」
強烈な顎二つに胴を食い破られた大イモリは、最後にもう一度、断末魔の叫び声を大きく発すると、弱々しい声で恨み言を呟きながら夜の闇に霧散して消した。
ようやく、二匹のドラゴンの死闘に決着がついたようである。
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