Ⅱ トレジャーハントの魔導書

 しかし、たとえ呪われていようとも、その黄金の魔力は今なお欲に満ちた人間達を惹きつけてやまねえ。


 殊に黄金とともに川底深く眠る魔法の指輪〝アンドヴァラナウト〟は所有者の財産を自然に増やしてくれると伝えられており、その後も探し求める者は後を絶たず、その多くがかつての英雄達のように人生を狂わされて哀れな末路をたどっていった。


 最後の持ち主であったハゲーネは黄金の在処を明かすことなく命を落としたため、今はこのレヌーズ川の何処かに埋まっているということだけしかわかっていねえ。


 そのため、黄金探しに全財産をつぎ込んで身上を潰す者、在処を書いた偽の地図を法外の値段で詐欺師から買わされる者……皆、黄金の魔力に取り憑かれ、その幻の輝きに目が眩んで身を滅ぼしたのさ。


 ま、かくいうこの俺もご多分に漏れず、その取り憑かれた者の一人だったりするんだけどな。


 しかし、黄金に人生を翻弄された哀れな先輩方と俺との違いは、そのお宝探しに〝魔導書グリモイル〟を使っていることだ。


 魔導書グリモイル……それは神羅万象に宿り、この世界に影響を与えている悪魔(※精霊)を召喚して使役することにより、様々な事象を自らの想い通りに操るための魔術の書。


 つまりは〝魔術〟という世界の秩序を揺るがしかねない超絶テクノロジーの書かれた裏技本であり、故にエウロパ各国の王権や霊的権威であるプロフェシア教会によって、その無許可での所持及び使用は硬く禁じられている。


 「悪魔の力は危険だ」、「悪魔の手を借りるには神の許しがいる」云々もっともらしいことほざいてはいるが、ようはその力をてめえ達の独り占めにしときてえってだけのことだ。


 だが、なんにでも抜け穴ってのは存在する。


 裏のマーケットじゃ魔導書の写本が普通に売り買いされてるし、最近は新天地――海の向こうに見つかった新しい大陸で、植民地へ向かうエルドラニアの船を襲っては希少な魔導書を専門に狙う海賊なんて輩もいて、そいつらがまた、奪ったものの写本を市場にバラ撒いてくれたりなんかもしている。


 つまり、金さえ積みゃあ手に入るもんなんで、波風に左右される船乗りや高度な技術を必要とする職人などなど、何かと悪魔の加護が欲しいやつらはこっそり持っていたりするんだが……じつは、中でも俺達トレジャーハンターにとってこそ必要不可欠な代物だったりする。


 なぜならば、往々にして隠された財宝ってやつは悪魔や霊が守っているもんなんで、そいつをなんとかしなけりゃ手に入れることができねえからだ。


 件の〝レヌーズの黄金〟にしても、今もってワームと化したファフニルの霊が誰にも渡すまいと守ってるって話だ。


 そのファフニルの魔力のせいで霊的にも秘匿され、どんなに探しても黄金の在処は見つからねえんだとも云われている……。


 家業の鉱山採掘で魔導書の有効性をよく知っていたこともあり、だから俺はトレジャーハンター稼業を始めるにあたってまずは修道院に潜り込み、魔法修士として魔導書の使い方を大真面目に勉強した。


 まるで囚人にでもなったかのような地獄の日々だったが、一年後、おかげさまで基本的なところをマスターした俺は、密かに書き写していた幾つかの魔導書を手土産に修道院を逃げ出し、晴れてこの商売を開業したっていうわけだ。


 手土産の中でも一番重要なのが『キプリアヌスの書』――これはアンティオキアの聖キプリアヌスっつう、もと魔術師の偉い坊さんが書いたとされるもので、通称〝黒い本〟。宝探しに役立つとここらじゃよく知られているものだ。


 ま、これだけでもトレジャーハンターをやるには充分なんだが、俺は魔法修士として学んだことで、魔導書をもっと有効に使えることに気づいた……。


 悪魔の中には「隠された財宝の在処を教えてくれる」という奇特なやつもいるってことだ。


 そこで、能力別に悪魔を呼び出すのに便利な『ゲーティア』っつう魔導書も書き写して持ってきた俺は、今回、〝レヌーズの黄金〟を探すにあたり、そんな悪魔の力を借りることにした。


 そこがまあ、見つけられずに身を滅ぼした三流のトレジャーハンター達と一流の俺との大きな差だ。


 それでも、ファフニルの魔力が邪魔をして、悪魔をもってしても隠し場所は探れないかもしれない。


 そこで、お宝の隠し場所を教えてくれる悪魔は数あれど、俺が選んだのは古の時代、かのソロモン王が使役していたという72柱の悪魔の内、序列62番・龍総統ヴォラクだった。


 なぜヴォラクなのかといえば、こいつは財宝の在処だけでなく、あらゆる爬虫類を支配し、蛇の棲み処を探し当てることもできるからだ。


 そう……黄金を守っているとされるファフニルの霊はワームだ。


 ワームもドラッヘ(※ドラゴン)も蛇も似たようなもの……黄金の在処にはワームのファフニルも必然的にいることになるんで、魔力で黄金を隠そうともファフニルの方から探し出せるって寸法だ。


 案の定、ヴォラクを呼び出して尋ねると、これまで誰も見つけられなかった〝レヌーズの黄金〟の在処は簡単に判明した。


 それが、この忘れ去られた古城から見下せる、レヌーズの川岸の底というわけだ。


 嘘か真か、地元の昔話じゃ最後の持ち主であったハゲーネの時代に、グンテハール王の築いた城であるらしいんだが……いずれにしろ、この悠然と流れる濃緑色の水面の下に伝説の黄金が今も静かに眠っているはずだ。


「さてと。おあつらえ向きに人目もねえし、充分な広さもあるな……夜になったら、さっそくとりかかるとするか」


 緩やかに揺蕩たゆたう川面の小波さざなみから視線を上げると、俺は人気ひとけのない周囲の河原を改めて見渡し、その荒涼とした岩と砂ばかりの河畔の景色に誰に言うとでもなく呟いた――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る