Das Fluch Gold ~呪われた黄金~

平中なごん

Ⅰ ニーベリンゲンの唄

 レヌーズ宮中伯領……このエウロパ世界の北部・ガルマーナ地方に位置し、神聖イスカンドリア帝国を構成する領邦国家(※公国のような小国)の一つである。


 また、レヌーズ宮中伯はイスカンドリア皇帝を選出できる七人の選王侯の一人であり、領邦国家といってもそれなりに広い領土と強大な権力を持っている。


 もっとも、隣国のフランクル王国や、海の向こうに新たな大陸を発見し、世界最大の版図を誇るようになったエルドラニア王国に比べればぜんぜん小さな国なのではあるが……。


 そんな選王侯の栄誉を誇るかのように、国土の中央を悠々と流れる大河レヌーズ……憂鬱な灰色の雲が垂れ込めた空の下、その海かと見紛うばかりの広い河の傍に俺は立っていた。


「……ついに在処を突き止めたぜ、〝レヌーズの黄金〟ちゃんよ」


 俺は悪魔が教えてくれた・・・・・目印の朽ちた古城の石壁を見上げながら、つば広帽の下で独り口元を歪ませる。


 もう百年以上も前に打ち捨てられ、頑強な石壁も半壊し、城を飲み込んだ森の木々は俺の立つ河畔の岩場まで押し寄せている。


 水運には欠かせない大河の畔とはいえ、こんな人里離れた辺鄙な場所になぜ俺がいるかといえば、それは伝説に語られるあの財宝・・・・を手に入れるためである……。


 そういやまだ自己紹介をしていなかったが、俺の名はアルベリット・ニーベルグ。けちなトレジャーハンターだ。


 身分卑しき鉱山技師の家の出だが、一族に伝わる昔話じゃあ、先祖はニーベリンゲンとかいう冶金技術に長けた小人ドワーフの血を引いてるんだとか……ああ、ちなみに言っとくが、小人よりもプレシラント人の血の方が濃かったらしく、おかげさまで背丈は人並み以上にある。


 いや、そんな話はともかくとしてだ。穴掘りばかりの地味な暮らしが嫌で家を飛び出し、あちこちフラフラしていたんだが、やっぱり血は争えねえってやつだな。気づけば宝探しのためにけっきょくは穴掘り・・・暮らしに逆戻りだ。


 ま、暗い坑道で石ころばかり相手してるのと違って、こっちの方はいつでも刺激的で退屈することはないんだがな……。


 でだ。ずいぶん話が遠回りしちまったが、今回目をつけたのがこのガルマーナに住む者なら誰もが知る有名な秘宝〝レヌーズの黄金〟というわけだ。


 レヌーズの黄金……それは、このレヌーズ川のどこかに隠されているという莫大な黄金と、その黄金から造られた魔法の指輪〝アンドヴァラナウト〟のことをいう。


 じつはこのお宝、うちの一族とも無関係じゃねえ。ちょっと長くなるが、今度のお宝のことを理解するには必要不可欠なんで、そのあらましを話しておこう……。


 伝説によると、もともとその黄金はアンドウアリィという小人ドワーフの持ち物だったんだが、あることをきっかけにニーベリンゲン族のフレイズマンという者の手に移ることになった。


 フレイズマンにはファフニル、オテル、レギーンという三兄弟の息子がいたんだが、旅をしていたヴォーダン、ロキ、ヘーニルの三柱の神がカワウソに化けていたオテルを誤って殺してしまい、その賠償金をフレイズマンが求めたところ、悪知恵の働く神ロキはアンドゥアリィからその黄金を奪ってこれに当てたんだな。


 無論、奪われたアンドゥアリィは納得がいかねえ……で、この時、「黄金を手にする者には永遠の不幸が訪れる」という呪いをかけた。


 これが、この黄金にまつわる呪いの始まりだ。


 その呪いはすぐに発揮される……莫大な黄金と指輪を手に入れたフレイズマンだったが、それに目が眩んだファフニルが父親を殺して奪い取ると洞窟に隠し、自分は毒を吐くワーム(※ドラゴンの一種)になってその黄金を守り始めたんだそうな。


 すると、兄弟揃って強欲というかなんというか、ファフニルの弟のレギーンまでがその黄金を自らのものにしたくなっちまった。


 でも、相手の兄貴はもう小人ドワーフじゃなく、今や恐ろしいワームだ。


 そこで頼ったのが、鍛冶師として仕えていたダンメルク王ヒャルブレイクから養育を託されていた英雄シグムトの遺児で、やはり英雄となる後のサンダーラント王〝シーグルーズ〟だった。


 豪傑であった彼を誑かし、自らの鍛えた岩をも真っ二つに斬りさく聖剣〝グラム〟を授けて兄ファフニルを殺させるって寸法だ。


 その悪だくみは功を奏し、英雄シーグルーズは川の近くに穴を掘るとその身を隠し、ファフニルが水を飲みに来たところを下から心臓を貫いて見事〝竜殺し〟を果たしてみせたんだが……その後がいけねえ。さらに欲をかき、シーグルーズまで殺して黄金を独り占めしようとした弟レギンだったが、あえなく返り討ちにあうと兄貴同様にお陀仏だ。


 そうして、残された黄金はシーグルーズが持ち帰り、大金持ちになった彼は家族達と幸せに暮らしましたとさ。めでたし。めでたし……


 となるのが昔話の定石だが、この伝説はそんなハッピーエンドには終わらねえ。プレジラントが誇る英雄だからってえこひいきされることなく、かのシーグルーズの上に等しく不幸は襲いかかる。


 その後、シーグルーズはブルドッグントという国にクレムヒルトという美しい姫がいると噂に聞き、さっそく彼女のもとを訪れて求婚した。


 すると、その兄のブルドッグント王グンテハールは、妹との結婚を許す代わりに、自らの求婚も手助けしてほしいとシーグルーズに交換条件を持ちかける。


 その求婚相手というのは、ワルキューレ(※最高神ヴォーダンの治める死者の館ヴァルハラへつれてゆく戦士の魂を選ぶ女性)にして北の国ノイスラントの女王ブリュレヒルトだ。


 彼女はその美貌で知られる反面、ワルキューレであることが示すようにそんじゃそこらの男では歯が立たないほどの怪力を誇る女傑であり、自分と勝負をして勝った者としか結婚しないと公言してはこれまでにも数多くの求婚者を打ち殺していた。


 情けねえが凡人であるグンテハールは、だから剛力無双の英雄シーグルーズに助力を求めたっていうわけだな。


 そこで、一計を案じたシーグルーズは秘宝〝タルンカッペ〟という隠れ蓑を使い、密かにグンテハールを助けてブリュレヒルトに勝利すると、不本意ながらも彼女は結婚に同意した。


 ところが、やはり不本意なブリュレヒルトは、いざ初夜に臨もうというグンテハールをその怪力で縛り上げ、素っ裸のまま天井からぶら下げちまった。


 この話を聞いて、再びシーグルーズが助太刀をする。グンテハールに変装した彼は寝室へ忍び込み、逆にブリュレヒルトを組み伏せると腕づくで処女を奪った。すると、それ以降はさすがの彼女もおとなしくなり、グンテハールに従うようになったそうだ。


 しかし、数年後、シーグルーズと結婚したクレムヒルトが里帰りをした折、義姉のブリュレヒルトと「どちらの夫の方が優れているか」ということで口論となり、思わず彼女の処女を奪ったのがじつはシーグルーズであつたことを公の場で暴露しちまう。


 この恥辱にブリュレヒルトは涙し、グンテハール王の家臣達は憤激した。そして、重臣ハゲーネはその不名誉をそそぐため、シーグルーズを騙して狩猟に誘い出すと、彼の弱点である背中を槍で突いて殺しちまった。


 これにより、今度はハゲーネが黄金を手に入れることとなるが、シーグルーズの遺産であるその黄金をクレムヒルトに渡さぬため、ハゲーネはそれをレヌーズ川の底へ隠した。


 これがまあ、今でもレヌーズ川に黄金が眠っているという話の根拠となるわけんだが、やはり黄金の呪いはハゲーネにも降りかかる。


 未亡人となったシーグルーズの妻・クレムヒルトはフォン族の王アッツェルと再婚するが、それはフォン族の武力を利用して夫の復讐を果たすためだった。


 彼女の策略によって招待されたブルドッグント王国の使節団はフォン族に惨殺され、兄のグンテハール王とハゲーネは生け捕りにされちまう。


 そして、捕囚の身となったハゲーネに黄金の在処を明かすよう詰め寄るクレムヒルトだが、この策士は「主君が死ぬまで黄金の在処は話さない」と頑として口を割ろうとはしねえ。


 その言葉に乗せられたクレムヒルトはシーグルーズの形見である聖剣グラムでほんとに兄グンテルハール王の首を刎ねちまうんだが、それでもハゲーネは隠し場所を吐こうとはせず、業を煮やしたクレムヒルトはハゲーネもけっきょく斬首に処してついに復讐を遂げる。


 けど、それが彼女の運の尽きとなった。


 アッツェル王の客分であった英雄のヒルドブロンが、敵とはいえ縛られて無抵抗な相手に対するその無慈悲な行いに激怒し、クレムヒルト自身も英雄の手で誅殺されるという、なんとも救えねえ結末だ……。


 アンドウアリィのかけた呪いか、あるいはシーグルーズに殺されたファフニルの怨念なのか? こうして関わる者達を次々と死に追いやっていったこの〝レヌーズの黄金〟は、いつしか本当に呪われていると信じられるようになった。


 持ち主に滅びをもたらす〝Das Fluch Goldダス・フルーフ・ゴルド(呪われた黄金)〟なのだと。


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