━━ 四節 ━━

━━土の大陸へと足を踏み入れた私達は、ラクダに乗って砂漠を越えようとしていた。


初めての焦熱地獄に、水筒の水がもう空になってしまい、意識が何度飛びそうになったか分からない。


体から汗が出なくなり、ますますまずい状況に陥ってしまう。


先導する商人が、オアシスが見えてきたと私に告げ、やっと水が飲めると一瞬気が抜けそうになる。


そのときだ。


砂の中から人の腕が伸び、ラクダの足を掴んで体勢を崩されてしまった。


2人共倒れてしまい、何事かと思いきや地面に巨大な穴が出現し、その中心から緑色の花柱のようなものがゆっくりと顔を出す。


何だ、アレはッ!?


そして、そこから大きな軟体の触手が5本現れ、砂の上に広がる。


“砂漠ヒトデ”だッ!!


商人が叫び、砂漠に棲息する巨大なヒトデで蟻地獄のように動物や人間を襲う魔物なのだと言う。


よく見ると触手の所々に人の腕が生えている。


取り込んだ生物の手や足を触手に生やして、砂を掘ったり、獲物を引きずりこむとのこと。


なんと悪趣味な…。


そんな事を考えているうちに触手の腕が砂をかきあげ、私達も徐々にヒトデに引きずりこまれていく。


すると、私達のラクダ達が何本もの腕に捕縛され、中心に運ばれて飲み込まれてしまった。


そして、触手に新しくラクダの足が8本伸び、一体化してしまった


ラクダの二の舞は御免である。

一体どうすれば…。


そんなとき、商人が懐から小瓶を取り出す。


中には、液体が入っており、それに布を詰め込んでライターをつけようとする。


恐らく、火炎瓶を作ろうとしているのだろう。


しかし、なかなか点火せず、足を掴まれてその拍子にライターを落としてしまう。


砂まみれになりながらも必死でライターを取りによじ登ろうとするが、何本もの力強い手が商人を離そうとしない。


魔力弾なら、もしかしたら━━ッ!


とっさに閃いた私は、空気中の魔力を集めようとするが、ここは砂漠、草木など死滅し、大気中の魔力などあまりにも少ない。


ましてや、自然の魔力など存在していないに等しい。


なので、非常に危険ではあるが、この場である仮説・・・・を検証してみることにした。


まず、砂漠ヒトデから帯びている手を掴み、そこから魔力を吸い出そうとする。


すると、少しずつではあるが、魔力が空気中に排出され、片手に一点集中する。


体の異変に気付いたのか、砂漠ヒトデが無理矢理私を引き離そうと、何本もの腕で妨害しはじめる。


もう遅い━━ッ。


商人に声をかけ、瓶を中心に投げろと指示し、手に込めた魔力の弾丸を放つ。


魔力弾は見事命中し、爆発して砂漠ヒトデが金切り声をあげた。


上手くいった。


以前、リーベの魔力に接触しようとしたときに思ったのだが、空気中の魔力を吸収することが出来るのであれば、生き物の魔力も吸収することが可能なのではないかと考え、何度も検証してみたいと思っていたのだが、なかなかそんな機会がなかったのである。


今回は、非常事態で他に手はなかったため、リスクも考えずに試みてしまったが、思った通りだった。


私達は穴の外に投げ出され、触手で暴れ狂い、やがて地中へと潜ってしまった。


ふらつきながら立ち上がり、倒れている商人の元へと向かうと、意識があることを確認する。


しかし、片足をひねったらしく、少し腫れていたので、仕方なく肩を組み、ゆっくり前に進んだ。


息を荒く吐きながら、遥か遠くに見えるオアシスへと足を運ぶ。


どれくらい経ったのだろう、ひたすら歩き続けているのに、目に映るオアシスにたどり着けない。


意識が朦朧とする中、私は、最悪な答えが脳裏に浮かんでしまう。


もしかして、私は、幻覚を見ているのでは…。


足の筋肉が張って棒のようになり、ついその場で立ち止まってしまった。


さっきから商人の息遣いも聞こえない。


4本の足で歩いていたハズなのに、いつの間にか、2本・・の足を引きずっていたようだ。


気を抜くな━━━━━━━。

立ち止まるな━━━━━━。

見捨てるな━━━━━━━。

余計なことを考えるな━━。


足を動かすんだ━━━━━。

深く息を吸うんだ━━━━。

前を向くんだ━━━━━━。

遠くを見るんだ━━━━━。


━━死ぬ終わる訳には、いかないんだッ!!


そのとき、急に目の前が薄暗くなった。


まだ昼時のハズなのに、地平線は明るい。


まさかと思い、恐る恐る首を上げると、巨大な亀がじっとこちらを見下ろしていた。


これほどの巨体を、何故、気付くことが出来なかった?


一体、何処から現れた!?


黒き眼にうつる私達の姿は、全身砂まみれで、やつれて酷い顔をしている。


一難去って、また一難。

もうこれは、万事休す、か…。


力が抜けてしまい、膝をついて倒れた。


体が重すぎて、指一本動きそうにない。


熱い砂の上に顔をつけていると、微かだが足音が耳に入ってきた。


近付いて来るそれは・・・、私達の前で止まり、様子を見ているかのようだ。


駄目だ、もう、頭が真っ白で、何も考えられない。


私は、全てを投げ捨てて眠りについた。




━━目の前に、岩肌が見える。


脳が上手く機能せず、体は全身拘束されているかのように、重くて身動きがとれない。


そして、眠気がすごい。


そのせいなのか、岩肌の他に魔力が満ちている。


砂漠とは大違いの魔力の量だ。


すると、脇に誰かが近寄って来た。


肌は焼け、細身で坊主頭の老人が私の顔を覗きこみ、額に手をかざす。


そこから魔力が波のように流れ込み、心地よい気だるさに身を任せて、再度目を閉じた。




━━自然と目が覚め、首も動かせるようになり、上体を起こすと、非常に体が軽いことに気が付く。


ここは、洞穴のようだ。


ゆっくり立ち上がり、外の光が見える出口へと足を運ぶと、そこは、垂直の崖になっており、危うく踏み外すところだった。


よく探してもここから下りる足場が何処にもなく、見渡すかぎり崖しかない。


辺りは薄暗く、見上げると遥か先に明かりが見える。


どうやら太陽の光がここまで届いていないようだ。


何故、自分がこんなところにいるのか、不思議で仕方なかった。


しかし、向こうの山のくぼみに石造りの寺院が見えたので、もしやと思い、そこに向かって大声で助けを呼んでみるが応答がない。


どうしたものかと脱出策を練っていると、何かに肩をつつかれたことに気付き、振り向くとさっきまでいなかったハズの老人の姿がそこにはあった。


驚いた私は、誤って片足を踏み外してしまい、崖から落ちてしまう。


さすがに、この高さは助からない。


そう諦めかけたそのとき、老人が私の手を掴んだ。


すると、急に体が軽くなり、少しずつ落下速度が遅くなって、無事、地面に足をつけることができた。


何だ、今のは…!?


中腰の老人は笑みを浮かべ、そのまま寺院へと入って行き、私もすかさず後をついていく。


中は以外にも広く、いくつもの石柱が林立しており、中心部には3体の像が立っていた。


そして、その像の周りには、今まで見たことのない怪物や武器、船のような形をした絵が床に描かれていた。


古代人の歴史なのだろうか、皆、争っているように見える。


お連れの者は、先に立たれ、目が覚めたら代わりに礼を言ってほしいと言っとったぞ。


老人が急に口を開いたので動揺してしまったが、そうか、あの商人も助かったのか。


何やら、よその国では高値で売れるとかで、そこら辺に生えている草を見て興奮しとったんでな。

そんなに欲しいならいくらでもむしっていけと言ってやったわ。


…ちゃんと欲しい物も持って行ったようだ。


老人は、今までの経緯を話してくれた。


あのとき、私達が見たオアシスの正体は、どうやら巨大亀だったらしい。


甲羅の上に木や池があり、遠くから見ると蜃気楼でボヤけて見えるので、旅人がよく勘違いをしてしまうとのこと。


たまたま老人が亀の上に乗って散歩をしていたら、遠くで爆発音が聞こえたので、何事かと思い向かった。


衰弱しきっていた私達を連れ帰り、回復力を高めるため、魔力の満ちている洞穴に何日も寝かせていたら、商人の方が早く起きたので事情を聞かせてもらったのだという。


魔力、まさか、この人が商人が言っていた老師!?


老師は、私が魔術を使ったと聞いて、てっきりまじない師かと思ったらしい。


私も、老師にここに来た理由を全て話した。


魔力が見えるようになったこと、魔力についての研究を始めたこと、魔力には人生を記録すること…。


夢中になってしまい、口が止まらない。


いつぞやのクリスも、こんな気持ちだったのだろうか。


やがて、魔力の使い方や根源をもっと知りたいのだと伝えると、老師は、3体の像の方を向いて、まずは、この世の始まりから知る必要があると語り出した。




━━大昔、この世に秩序など存在しなかった頃、神々が足を踏み入れ、覇権争いを始めた。


その凄まじい戦いは、いつまでも終わることなく続き、何千何万という魂が巻き添えを食らったという。


だが、後に新たに3人の神が降臨したことで事態は一変した。


今までの神々とは比べものにならなぬ程の力を持ち、それぞれ我が野望のために猛威を振るい始めたのだ。


それを目の当たりにして、見とれ、共感した神々は、三神の僕となり、3つの勢力が生まれ、戦いは更に激化した。


そして、三神が激突した結果、世界は消滅し、その後に新しく構築された世界に魔力が生まれ、生命が生まれ、文明が生まれたのだ━━。




老師は、面と向かってこう言った。


魔力の扱い方を教えてやっても良いが、それなりの対価・・を払うことになるのだが、それでもやるのか?


私は、迷うことなく返事をすると、まずは、座禅を組むよう指示される。


無心になり、魔力を体内に吸収し、“排出する”。


これをずっと続けろと言われたのだが、排出する・・・・とはどういうことなのだろうか?


今まで怪我をしたときは、空気中の魔力を吸収して傷を治したりはしたが…。


初めてのことに戸惑っていると、老師が首を傾げながら様子を見ていた。


お主は、今まで自己流で魔力を使っていたようだが、そのせいで手順がバラバラになっている。

一から教える必要があるな。


そう言って、老師は、自分の胸に手を当てる。


魔力を心臓や肺等のように、自分の体の一部だということを認識しろ。


私は更に集中し、意識を奥深くまで潜って、自分の魔力を再確認することが出来た。


目を閉じた状態で、老師に伝えると、次に自分の魔力を少しずつ大地へと流せと言われたので、そんな事をしたら、命の危機に直面するのでは? と意見を述べた。


魔力は、尽きても死ぬわけではない。

ただ、細胞だけで体調を維持しようとするだけである。


そう説明され、とにかくやってみることにした。


細い繊維が少しずつ緩んでいき、下へ下へとスムーズに放出していく。


やがて空っぽになってしまい、今度は空気中の魔力をゆっくり吸収するよう指示され、その通り行う。


新たに入ってきた魔力は、うっすらと外の状況が記憶されており、自然と脳裏に入ってきた。


ある程度取り込んだら、再度排出する。

その繰り返しを、良しと言うまで続けろ。


老師は、そう言い残して何処かへ行ってしまった。


しばらくの間、静寂と耳鳴りの中を放置状態にされたが、私は特訓を続けた。


徐々にコツを掴めてきたみたいで、体内に溜め込まず、スムーズに魔力を通過させられるようになったのだが、どこか自分の身に違和感を感じてならなかった。


何だか、妙に体が軽く感じる。

これが、特訓の成果なのだろうか。


すると、誰かが近付いて来る気配を感じ、何者かと思ったが、吸収した魔力ですぐ老師だとわかった。


お主はのみ込みが早いな。

いいだろう、下りてよいぞ・・・・・・


老師の発言に疑問を覚えた私は、目を開けると、座禅を組んだまま宙を浮いていたのである。


驚いた私は、集中力が切れてしまい、そのまま床に落ちてしまった。


頭を強打して痛がっている私に気にかけず、この特訓の本質を説明しはじめる。


これを行うことによって、自分の周りの情報が把握でき、体の循環も良くなって毒素も排出される。

つまり、身体機能も活性化するようになるのだ。

そして、上達すれば・・・・・、飛べるようにもなる。


…なるほど、商人が言っていたことは、本当だったようだ。


これは基礎なので、普段から出来るようになれと指摘され、一日中、特訓を続けた。




━━3日後。


今度は、生きた動物の魔力に触れて同調し、居場所を察知する修行が始まる。


これを極めると、魔力を通じて、相手の記憶も覗くことが出来るようになるという。


まずは、小さい動物から始めていく。


何故なら、小さい動物は魔力が少ないため、接続しやすいのだそうだ。


老師は、手にのせていた白いネズミを離し、床であっちこっちに走り回らせる。


私は、早速自分の魔力を伸ばして、ネズミに触れようとするが、意外にもじっとしてもらえず、捉えるのが非常に難しい。


寺院の中を動きまわり、あっという間に姿をくらましてしまった。


言い忘れていたが、あのネズミを私の元へ返すまでが修行だから、決して見失うのではないぞ。


突然の条件に、私は慌てて寺院の中を探し始めた。


いや、待てよ、老師が言っていたではないか。

特訓は基礎・・だと━━。

ならば、あれを応用すれば…。


私は、その場で座禅を組み、集中する。


だんだん分かってきた、これは“呼吸”と一緒なのだと。


生き物は皆、息をする。


酸素を吸い、二酸化炭素を吐き出す、それと同じで大気中の魔力を取り込み、その分の魔力を放出イコール術に変換させる。


私は、大きく息を吸い、魔力の触手を無数に広げ、床から柱、天井へと伸ばしていく。


そして、奥の柱の上で小さな魔力に接触し、位置と存在を把握した。


ネズミの魔力にこちらへ来るよう伝信すると、素直に言うことを聞いて老師を通り過ぎ、私の元へと戻って来た。


お見事。


老師は、笑みを浮かべる。


とりあえず、今日教えたことを当分続けろ。


老師の言葉に気が抜けて、思わずにやけてしまう。



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