━━ 五節 ━━

一週間が過ぎ去った。


最初の頃よりも魔力の呼吸が上達し、寺院の中から外の景色が分かるようになった。


夢中になりすぎると、時々浮いて天井に頭をぶつけたりするが、体のだるさが消えていき、スッキリした感覚になる。


生物の同調もしやすくなり、ネズミだけでなく、枝にとまる鳥や鹿等も接続して見ている風景や感情を共感出来るようにもなった。


ただ、気になることといえば、老師は何者なのかということである。


きっかけは、この修行を続けていくうちに、生物の宿る魔力も常に見えるようになったときだ。


老師の魔力だけ神々しいくらいの光を放っていて、私や他の動物とは比べ物にならないくらいだったからである。


魔力の呼吸を極めると、ああなるのだろうか。


老師とは、そんなに日が経っているわけでも、仲が良くなったわけでもないから当然ではあるのだが、自分のことを語ろうとしない。


今の私だったら、魔力と接続すれば記憶を覗くことくらい出来るのだが、それは、人として倫理に反する行為。


そんな時、老師が修行中に呼びに来て、三神の間に連れて行かれる。


お主は、もう気付いているだろう。

私が普通ではないことに…。


老師は、穏やかに口を開く。


私は、人間でも亜人でもない。

永世者アハスエルスという太古人なのだ。


アハス、エルス…?


聞き慣れない名前で動揺する私だが、老師の話はまだ続く。


世界には、時間の流れが遅い地脈パワースポットが存在する。

そこは、魔力に満ち溢れており、そこに住む生物は皆、魔力の呼吸で生き続けている。

特に、永世人アハスエルスは、食事をほとんど必要としない。

祭りごとや祝いの場で口にするくらいだ。


そして私達は、絶対破ってはならない掟がある。

“生肉を食してはならない”ということ。

死んだ生き物の肉を食すことは、毒とされており、一度味を覚えてしまうと衝動を抑えられなくなる。

やがて、身も心も汚れていくと言われている。


私は、ハッと思い出した。


戦のとき、死人の肉を貪っていた狼達の魔力が、黒くよどんでいたことに。


昔は、私以外にも大勢いたのだが、皆この生活に飽きてしまい、この土地を離れていった。


何故老師は離れないのかを訊ねると、外の世界が怖いからだと返される。


たまに、近くの村に足を運ぶくらいなら構わないが、体験したことない、見たこともないものを前にしたとき、私は不安で堪らなくなるのだ。

長い間、孤独に慣れてしまったということが、大きな要因であろうよ。


私は、この土地での生活しか知らない。

だからこそ、愛着があり、心が安らぐのだ。


これからも、ずっと━━。


自分の人生を思い返しているのか、しばらく沈黙が続いた。


そして、何か思い出したのか、老師は気持ちを切り替えて話題を変えた。


話は変わるのだが、お主は以前、ある日突然、魔力が見えるようになったと申したな。


私は素直に頷くと、三神の像に目をやり、これから話すことは、年寄りの与太話だと思って聞いて欲しいと告げられる。


前にも話したように、この三神が衝突したことによって、様々な生物や人種が誕生した。

中でも亜人、巨人、永世人アハスエルスは、強くその影響を受けているという。

だが、一千万分の一の確率で不思議な力に目覚めるという人間も存在する。

その者達は、“星幽セレマ”と呼ばれている。

一見、普通の人間なのだが、人一倍好奇心が強く、自分が最も興味を持ったものを強く欲したとき、覚醒するという。


つまり、お主は、その一人なのかもしれんな。


それを聞いた私は、つい老師の前で吹いてしまった。


そんなわけがない。


私は、そこら辺の魔導師と一緒で、魔力を扱えるというだけではないか。


確かに、普通の人間からしたら、それ自体が異形に思うだろうが、私は、そんな特別な人間ではない。


しかし、老師は落ち着いた口調で語りかける。


魔導師がどういうものかよく知らぬが、一般的に魔力を扱う者達は、魔力の実体など目に映らん・・・・・


それを耳にした瞬間、私の空気が止まった。


私のように何百年も生きていたり、高濃度の魔力を使用するなら話は別だが、人間の寿命だと肌で感じるくらいしか修得できん。


勝手な推測だが、もしかして外の世界の者達は、力へと変換させるために必要な魔力の質も量も加減を知らないのではないか?


老師の言っていることは、十分あり得る話である。


もし、そうだとすれば、ちょっとした火遊びの域ではなくなる。


私の育った大陸の魔術文化は、全て間違いだらけであり、それを我が物顔で扱っている魔導師と名乗る者達は皆、詐欺師であるという可能性も━━。


もしかすると、私は、とんでもないことに気付いてしまったのではないだろうか…!?


衝撃的な事実に、様々なことが脳裏によぎる。


国に戻ったら、確かめなくてはならないことができた私は、この後、老師から課された修行を熱心に挑み続けた。




━━ 一年後。


荷物をまとめて寺院を出ると、外で老師が立っていた。


短い間だったが、世話になった礼を言うと、久しぶりに話相手が出来て楽しかったと老師は述べる。


ここで学んだことを、決して誤ったことに使うでないぞ。


いつぞや話したことだが、自分が何者であれ、お主はお主だ。

自分が極めようと志して追い求めてきた結果、お主は、地に足をつけて堂々と立っているのだ。


努力が報われるとは言わんが、胸を張ってよいぞ。


誰しもが皆、才能を持って生まれてくる。

しかし、それに気付かずに一生を費やす者も大勢いるのだ。

お主は、早い段階で自分の才能に気付き、深く深く知ろうとした。


それだけのことなのだ。


私は、再度礼を言って老師に背を向ける。


またいつでも来なさい。

私は、ずっとここにいる。

土産話を待っているぞ。


振り返ることなく、ゆっくりとその場から離れていき、光があまり届かぬほど深い渓谷を抜け、私は、元の世界へと戻って行った。




━━さて、切りの良いところで準備が整った。


大昔のことを思い出しているうちに、服も着替え終わり、ふと見上げると、壁にお面がいくつも飾られている。


オレは、その中から一つだけ外し、頭に着用する。


…まあ、この先、何が起こるかわからんしな。


何年も経っているとはいえ、念には念を。


面が割れると少々厄介なことになる。


草履を履いて、軽い足取りで小屋から出る。


外は真夜中。


月夜に反射する銀髪と般若の仮面、その影になって隠れていた紋様が、左眉上にあらわとなる。


何日か前、オレの頭の中に接触をしてきたふざけた女がいた。


その魔女は、夢の中に干渉するほどの力を持っていたため、手も足も出すことが出来ず、このオレに呪いまでかけたのだ。


魔術が解けてすぐ目を覚ましたオレは、すぐ魔力を広げて辺りを捜索したが感知しなかった。


超遠距離から魔術を使ったとなると、相手は相当な手練れだということ。


「…ハッ」


当時のことを思い出す度に笑えてくる。


ここまでコケにされたのは、何百年ぶりだろうか。


いいだろう、望み通り、息の根を止めに出向いてやろうではないか。


後悔させるなよ、バートリ・エルジェーベト。




━━ 第二章 完 ━━

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