━━ 三節 ━━

その後、私とリーベは、オットーのギルドが所有している空き家に住まわせてもらうことになった。


中を覗いてみると、昔、漁に使用していた道具がそのままになっており、古くて使い物にならなくなっていた。


しかも、今まで誰も出入りしていなかったため、埃が舞っており、オットーの申し訳ない気持ちが表情に出ていた。


少し面倒だが、掃除をすればいいわけだし、むしろ、場所を用意してもらえるだけで有難い。


早速、私とリーベで大掃除を始め、全ての窓を開けて銛やバケツ等を外に出した。


リーベも自分なりに頑張ろうと張り切るが、何故か身体中に網が絡まって床に転がり、泣きべそをかいていた。


私は、仕方なくリーベに動かぬよう指示し、ナイフで少しずつ切って出してやると、空回りして私の足を引っ張っていると思ったのか、少し落ち込んでいるようだ。


この場合、どうすれば良いものか。


子供の面倒を見たことがない私は、とりあえず、頭を撫でてみようと思った。


恐る恐るリーベの髪の毛に触れ、ゆっくり優しく撫でると、彼女は徐々に笑みを浮かべるようになった。


そして、小さな両手で私の手を掴み、もっとやって欲しいとアピールされる。


私は、望み通りに撫で続け、気持ち良さそうな表情に鼻で笑ってしまう。


元気一杯になったリーベは、ガッツポーズを見せて家の中へ入って行き、私も戻って続きに取り掛かった。


家の掃除は、その日のうちに終わり、机に向かって今までの発見や判明したことを本にまとめていく。


執筆中、そばでずっとリーベが私の服の裾を引っ張るので、すまないが遊んでやれないと断った。


しかし、不貞腐れたのか頬をパンパンに膨らませてみせたので、私は仕方なく太ももの上にリーベを乗せ、大人しくするよう言い聞かせた。


言葉が通じたのか、じっと静かに私の文字を興味津々で目で追う。


子供とは、不思議なものだ。


好奇心の塊で、気になるものがあれば目移りするし、色んなものを知りたがってどんどん探求しようとする。


そうやって少しずつ世の中の仕組みを理解していき、大人になっていく。


私の子供の頃もこんな感じだったのだろうか。


ずっと本ばかり読んでいたのは覚えているのだが、多分、それが私にとっての探求だったのだろう。


懐かしさに浸ってしまった私は、気が変わってリーベに紙とペンを渡し、読み書きを教えることにした。


今後のことを考えると、早いに越したことはないだろうし、どこぞの誰か・・・・・・みたいな大人にならぬよう導いてやらねば…。


まず、自分の名前の文字を紙に書いてみせ、同じように書くよう促すと、最初は、文字というより芸術に近いセンスだった。


しかし、何回も練習させていくうちに、かろうじて読めるくらいの形になっていった。


その文字がお前の名前だと伝えると、納得したのか目を輝かせている。


その調子で、私、クリス、オットーと身近なものから徐々に文字を覚えていった。




━━しばらく経ったある日、クリスが家に訪れては、唐突に魔術の基礎を学びたいと言い出した。


毎度のことだが、この者の考えはよく分からない。


行動力の早さは流石と言えるが、いい加減、鬱陶しさを覚えてきている。


錬金術の研究はどうしたと尋ねると、ちょっと息抜きがしたくなったので、別の分野を勉強したくなったとのこと。


その代わり、錬金術を私に教えるからどうだと交渉されるが、正直、自分の研究成果を他人に見せるのは、気が引けるのである。


しかし、自分自身もまだ未熟者であることに変わりはなく、持っている知識も浅はかであることも事実。


まだ仮説段階の部分もあるため、基本的知識までならと、渋々、情報交換を行った。


クリスは、世に出回っている錬金術に関する論文を読んで、これを習得することが出来れば、エネルギー、経済、食糧、病気、全ての問題の解決に繋がり、無駄な戦争がなくなると考えたらしい。


そこまで構想を練ってしまっては、あまりにも自分の寿命が足りないのではないかと意見すると、そのときは、同じ思想を持った者に任せると真っ直ぐな目で告げる。


改めて、彼の本気がひしひしと伝わってくる。


しかし、魔術を教えるハズが、ほとんど彼の熱弁で時間が過ぎていくので、本当は誰かに語りたかったのではと思うほどだった。


結局、話は夕方まで続き、遊びから帰って来たリーベが私の疲労しきった顔を見てギョッとする。


クリスは、言いたいことを言ってスッキリしたようだが、最後まで付き合った私の身にもなってくれ。


続いてオットーも訪れ、今日は客人が多い日だと嫌気を覚える。


そんな私に、オットーは、どうしても耳に入れて欲しい情報を持ってきたというので、仕方なくもう少し付き合ってやることにした。


それは、国境を越えた先の“土の大陸”に、不思議な術を使う修行僧がいるという。


その者は“老師”と呼ばれ、何も口にせず、病むこともなく百歳を軽く越える程の長寿なのだそうだ。


オットーは、港で“土の大陸”から来たという旅の商人からその話を耳にし、もしかしたら魔術と何か関係があるのではと思ったのだそうだ。


確かに、非常に興味深い話だが、信憑性に欠ける。


それに、土の大陸といったら治安が悪く、盗賊もよく出る上に、天候が変わりやすいため、未知の魔物が出現する等、嫌な噂しか聞かない場所で有名なのである。


そんな危険なところから来訪したという商人も疑ってしまうが、もし話が本当であれば行ってみる価値はある。


その商人に会わせてほしいと頼むと、皆が行く気なのかと驚愕する。


ここにこもってばかりいても仕方がない。

自分の目で確かめに行って来る。


今夜は、近くで宿をとっているらしいので、すぐ支度を済ませ、オットーに商人の元へ案内してもらう。


宿泊しているハズの宿にいなかったため、通行人を何人か呼び止めて聞いて回った。


すると、オットーがギルドで親方だったこともあり、顔が広かったため、商人はすぐ見つかった。


近くの酒場におり、テーブル席で一人、一杯やっている最中だった。


私達も酒を持って挨拶をしに行き、軽く事情を説明する。


ここのお代は持つから老師についての話を詳しく聞かせてほしいと申し出ると、快く教えてくれた。


実際会ったことはないらしいのだが、現地の者達の中では、結構有名な話なのだという。


砂漠を越えた先に老師が住んでいるという渓谷があり、そこに石でできた寺院に何ヵ月もこもって座禅を組んでいるのだそうだ。


年に指で数えるほどしか近くの村に姿を現さないらしく、10年20年経っても、その姿は変わっていないとのこと。


そして、その者は自然と会話ができ、人の心も読んでしまうというのだ。


自然との会話、人の心を読む…。


魔力を吸収した際に体験した出来事と一致する。


もし、その話が本当なら、魔力の扱いに長け、私の追い求めている全てを知っている可能性がある。


頼む、その老師の元まで案内していただきたい。


頭をさげるが、商人に苦い表情で断られる。


申し訳ないのだが、どういうわけか、その渓谷の周りには何体もの巨大な魔物が一帯を囲んでいるため、外部の者が近づけば食い殺されてしまう。

命がいくつあっても足りない。


ギリギリまでで良い、あとは自分で何とかするッ。


一歩も引かない私に、隣に座っているオットーも冷静になれとささやく。


私は、多少魔術を扱える。

いざとなれば、命がけであなたを助けるッ。

だから━━ッ。


それを聞いた商人は、渋々、いくつか条件を出した。


一つは護衛、もうひとつは、現地で摂れる珍しい素材だ。


その一帯に棲息している魔物は、獰猛で危険なため、誰も近寄らない。


そのため、純度の高い鉱石等が多く、上手くいけば希少な植物も手に入る可能性もあるのだそうだ。


この条件をのんでくれるのであれば引き受けると言われ、私は、喜んで応じた。




━━明朝。


私は、港から水平線を見つめていた。


船の出航準備が済むまで待っていると、クリス達が息を切らして見送りに駆けつけてきた。


黙って行くんじゃないとクリスに叱られ、オットーの背におぶさっていたリーベが飛び降り、勢いよく私の脚に抱きついて来た。


太ももあたりで微かに湿った感触があり、表情を見せようとしない。


そういえば、短い間だったが世話になったのであった。


しばらく一人で行動していることが多かったため、そんな常識も忘れていた。


とりあえず、皆の前ですまないと謝る。


しばらく戻ってはこれないので、家にある少ない研究資料を自由に見てもいい。


こいつ、もうすでに読んでたぞと、オットーがさりげなく暴露し、クリスは慌てて苦し紛れの言い訳をする。


別に構わんさ、元々は、情報を共有するために書き残したものだし、ヒントになるものがあったら、遠慮なく応用するといい。


そして、さっきからしがみついて離れようとしないリーベの肩を軽く叩くと、ようやく離れてくれたのだか、涙の他に鼻水までズボンに染み付いていた。


嫌悪感をグッとこらえ、リーベに泣くんじゃないと言い聞かせる。


特別、この子に何かした覚えはないのだが、妙に懐かれてしまった。


すると、リーベが私の手をとり、自分の頭にのせ、撫でてほしいとねだりはじめる。


余程、撫でられるのが好きらしい。


鼻で笑い、この子の望み通りに髪を優しく擦る。


まるで、この感触を忘れないようにしているかのように。


やがて、商人も合流し、共に船へと乗り込んだ。


何も得られなかったとしても、必ず帰って来い。


お前の帰る場所は、いつだってここにある。

僕達は、いつまでも待って入るぞ。


クリスが大声で叫び、大きく手を振る。


船が彼等から離れていくと、リーベが、声が枯れそうになるくらい私の名を呼ぶ。


何度も連呼するその声は、姿が見えなくなっても私の耳に残響がこだましていた。




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