━━ 一節 ━━
ここは光が一切入らず、天井も低い。
オレは、この狭い空間で座禅を組んでいる。
無心になり、自分の魔力を大地に根付かせて、外界の魔力をゆっくり吸収していた。
オレにとって魔力というエネルギーは、“時間”と“情報”を与えてくれる。
現在、外の天気は快晴だが、やや突風気味。
岩肌が目立つが、広大な湖面は、いつもと変わらず青く美しい。
近くにある小さな村には亜人が住んでおり、二重巻きの角を持つ者もいれば、三角耳を立てる者もいる。
争い事はほとんどなく、この土地で皆助けあって暮らしている。
オレか? オレは、人間だよ。
亜人のように爪や牙があるわけではないし、命に関わる怪我をしてしまったら当然死んでしまう。
しかし、オレは訳あって普通の人間より何倍も長生きしている。
正確な歳など自分でも覚えていない。
はっきり言えるのは、
どうしてこうなってしまったのか、記憶を整理して順序よく説明するとなると長くなってしまうのだが…。
そうだな、これから旅の支度を始めなくてはいけないので、それが終わるまでの間だけ、ほんの一部を語ることにしよう。
━━
絵本など一歳で卒業したよ。
色んな世界観のあるおとぎ話を読んでいて楽しかったのだが、徐々につまらなくなってきたのだ。
もっと面白い絵本はないのだろうかと屋敷中を探し回ったが見つからず、それよりも、全ての棚から出して床の上を本だらけにしてしまい、家政婦によく叱られたものだ。
興味を惹くもの、刺激のあるものを強く欲していた時期でもある。
そんなとき、父から絵本の5倍はある厚い本を渡された。
嫌だ、僕は絵本が読みたいんだ!
そんな文字が小さくて絵がほとんどない分厚い本なんて面白いわけない!!
今のお前なら、こんな
もっと想像力を働かせてみろと、僕の反論に父は言い返す。
傍から見たら突っ込みどころ満載の言い争いだろうが、知ったことではない。
僕は、半泣きで仕方なく渡された本の表紙を開く。
嫌々最後まで読み終えた僕は、結局、面白くなかったと父に文句を言いに行った。
すると陽気に笑い、今回は、お前にとって良い本との出会いではなかったということだ。
この屋敷の中だけでなく、世の中には、何万何億と本が存在するのだから、それをお前が探し出せばいいと、父は言った。
要は、宝探しのようなものだと、父は僕に教えたかったのだろう。
なんだか、手のひらで踊らされたみたいで気に入らなかったが、その通りだと納得してしまった自分もいた。
それから年々、僕は数えきれない程の本を読み漁るようになり、その中で“魔力”に興味を持つようになった。
儀式やおまじないによく魔力が必要と記されており、それが何なのかまでは具体的に載っておらず、少しずつ気になり始めてしまったのである。
魔力とは何だ?
何処から生まれてくる?
気体? 個体? 液体?
そもそも触れるもの?
目にうつるもの?
謎は深まるばかりだ。
そんな事ばかりを毎日考えていたらある日、妙なものが見えるようになった。
空気中に、うっすら光る白い糸が漂っている。
長さも太さも様々で、部屋の所々にゆらゆらと浮いていた。
最初は蜘蛛の糸かと思い、家政婦に取ってもらうよう頼むが、天井や壁を見渡し、首を傾げては何もないと言って相手にしてくれなかった。
そんなハズはない、すぐそこにあるのに、何故、分からないんだ?
若者の目には、大人と比べて視力が良いと本には記されていたが、本当にそれだけなのだろうか?
ふと窓の外を見ると、驚く光景が視界に入った。
部屋の中にある糸の他に、色違いの糸が何本も舞っていたのだ。
急いで屋敷を飛び出すと、草や木に色鮮やかな糸が生え、風にのって宙を舞い、高く遠くへと行ってしまった。
つい昨日まで見ていた景色が、嘘だったかのように思えてくる。
その時に気付いてしまった。
僕は、魔力が見えるようになり、この糸の正体が魔力なのだと。
感動のあまり狂喜乱舞してしまい、それを屋敷から見ていた家政婦から、本の読みすぎで心が壊れてしまったと勘違いをされてしまった。
かまうものか、僕は、世紀の大発見をしてしまったのだ。
これを興奮せずにいられるか!!
その日から、夢中になって様々な検証を行った。
触れるかどうか試してみると、魔力の端を指でつついた瞬間、人肌では分からないくらい軽くて柔らかすぎる綿の感覚だと思った。
そして、魔力と魔力を豆結びしてみせると、爆竹が爆ぜたように消滅してしまった。
綺麗な花火のように思えた僕は、近くの森林に入って行き、誰もいないことを確認する。
森の中は、屋敷の中と違って魔力が溢れており、色違いの魔力を先ほどと同じように結んでみる。
すると、赤や青など色とりどりの花火が出来上がり、その光に僕は魅了されていく。
そして、今度は、多くの魔力を使ってやってみようと考えた。
そこら中に浮いている大量の魔力を一つにまとめてみた結果、魔力が暴発し、今までとは比べものにならないくらいの衝撃で、僕は吹き飛ばされてしまった。
驚いた僕は、すぐ起き上がり、爆発した地点を見てみると、小さなクレーターが地面に出来上がっていた。
火遊びは気を付けないといけないなと、身をもって知った瞬間である。
その件から、僕は魔力を慎重に扱うようになり、組み合わせ次第で火や氷が生まれるということがわかってきた。
この素晴らしい魔術の世界に夢中になり、どんどんのめり込んでいった。
ところが、これから更に研究を進めようとしていたときに、歯止めをかける出来事が起こったのである。
ある日、町の広場で大勢の人だかりができ、何事かと見に行くと、その中心には絞首刑台が設置されていた。
その上には、髪がボサボサで痩せこけた女性が手枷をかけられ、そばに屈強そうな坊主頭の男が立っていた。
寒空の下、薄着で裸足にさせられているせいか、体が震えている様子が遠目でもわかる。
いや、この状況で寒いどころの話ではないか。
罪状は、あの女性が魔女であり、儀式を行ったとのこと。
当時、“魔女狩り”が流行しており、少しでも怪しい行動をとると、すぐ憲兵に捕まって拷問、処刑されてしまう時代だったのである。
まァ、中には気に入らない者を簡単に消すことの出来る手段の一つとしている輩もいるみたいだが…。
違う! 私は魔女なんかじゃない!!
私はただ子供に子守唄を━━ッ。
女性は、涙ながら民衆に訴えようとするが、男が腰につけていた鞭で背中を打ちつける。
悲鳴をあげ、その場で倒れた彼女の首にロープをくくりつける。
嫌ァ、嫌よッ、やめてェッ!!
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で抵抗しようとする彼女に対し、周りの者達は強く罵声を浴びせ、石や瓶を投げつける。
盛り上がりが最高潮に達した瞬間、彼女の足元の床が開き、重力に引っ張られていった。
女性は、苦しそうに足をじたばたさせ、最期は白目を向いて動かなくなった。
そのとき、彼女の体から無数の魔力の糸が一気に放出されていくのが目に入った。
なんだ、今のは…!?
民衆の歓声の中、僕だけが愕然と立ち尽くしていた。
その後、まっすぐ屋敷へと帰り、自室でさっきの光景を思い返してみた。
今まで僕は、魔力は自然から生まれてくるものだと思い込んでいた。
しかし、あの女性から出てきたものは、間違いなく魔力だった。
つまり、人間の中にも魔力が存在するということなのか!?
もし、そうだとすれば、僕の中にも…。
新たなる発見に、僕は声を殺しながら笑う。
素晴らしい、さすが魔術、知れば知るほど奥が深い。
そう考えてみると、ますます研究意欲が湧いてくるが、あまり目立った行動は控えた方がよさそうだ。
広場で見た女性の二の舞は御免である。
誰がどこで見ているかわからないし、この御時世、身内も信用ならない。
一体、どうすれば…。
あまりのもどかしさに頭を抱え込んでいると、ふと、閃きが頭に降りてきた。
━━荒野、鎧を身に付けた男達が咆哮する。
僕も陣形を崩さぬよう、剣と盾を持って目の前の敵軍へと突進する。
何故、僕は戦場にいるのか?
それは、もちろん研究のためである。
極端な発想かもしれないが、人間の死を間近で観察するには、この環境が最も適していると考えたからである。
あのまま屋敷に残り、人間の代わりに動物を実験台にして研究を続けるという選択肢もあったが、バレて捕まるのも時間の問題。
しかし、戦争ならば常に死と隣り合わせであり、堂々と人を殺しても罪に問われることはないのである。
ただ、デメリットは自分自身に危険が伴うということ。
どっちを選んでも、死ぬ可能性があることに変わりはないのだ。
自分の周りで何人もの兵士が悲鳴をあげ、その度に魔力が空へと散っていく。
小説によくある魂が抜けていくという表現は、もしかすると、この現象から生まれたのかもしれない。
地上では、血と泥まみれなのに、空を見上げると白い雪が降っているような光景。
まるで、灰色の世界にいるかのようだ。
景色に見とれている隙に背後から槍で襲われてしまう。
しかし、運良く脇腹を斬られただけで、急所は外れたようだ。
僕は一瞬怯んだが、すぐに振り向いて敵の胴体を斜めに斬りつけた。
返り血を浴び、相手は、その場をゆっくり倒れて体内から魔力が放出される。
ついに、僕は人を殺めたのだ。
悲しみや後悔は一切感じず、それよりも、自分もああなってしまうという恐怖心が一気に支配していく。
脇腹を抑え、吠えながらがむしゃらに剣を振り回す。
誰が敵で味方か区別がつかず、ただ、やけくそに必死になって斬りまくった。
━━辺りは暗くなり、金属がぶつかり合う音も悲鳴も怒声も聞こえなくなった。
満天の星空の下、僕は仰向けで横になっている。
どうやら、途中から気を失ってしまっていたようだ。
左右に首を動かし、キョロキョロと周りを見てみるが、何人かが、自分と同じように地面に倒れ、動く気配がない。
冷たい風が、余計体中の傷にしみるし、起き上がりたくても疲労と鎧のせいで重く感じるし。
このまま死を迎えるのだろうかと、ふと考えてみたりもしたが、それは、あり得ない冗談だと心の中で軽く笑ってしまった。
どうしたら良いものかと思考していたそのとき、負傷した脇腹から妙なものを感じた。
無理に上体を起こし、よく見ると傷口から魔力が触手のように何本も細く伸びていたのだ。
さすがの僕も驚き、何が起きているのか分からず動揺してしまう。
すると、浮遊していた魔力が、触手に引き寄せられ、触れた瞬間、吸収されてしまったのである。
この不思議な現象をしばらく呆然と見ているうちに、僕は、ある仮説を立てた。
人間は、いや、人と限らず命を持つ全ての生き物は、怪我や病気で生命維持が難しくなったとき、無意識で空気中の魔力を吸って体の回復を早め、生きながらえようとするのではないのだろうか?
そうだとすれば、僕は今、命の危機に瀕した状態であり、体内の魔力が応急処置のようなことを行っている、ということなのか?
なら、この状況は良い機会なのかもしれない。
僕は、深呼吸をして自分の中にある魔力を感じとれるか意識してみたが、いまいちよく分からず。
だったら、別の方法でいこうと考え、魔力を触れたときの感覚を思い出してみることにした。
この魔力は僕の一部ならば、自在に操ることができ、傷の治りも早くなるハズなのだ。
しかし、集中してみたもののそれでも何も感じ取れず、何も起こらないことに腹が立ち、覚悟を決めて最終手段をとった。
脇腹の傷口に指を2本突っ込んで、さらに広げたのである。
あまりの激痛に悲鳴をあげ、流血の量も多くなり、徐々に視界がぼやけはじめていった。
そうだ、これで良い。
こうすることによって、僕の五感は麻痺していき、魔力をより感じやすくなるハズだ。
命がけの方法だが、もうこれしか道はない。
やがて風の音、寒さ、痛みが薄れていき、極度の眠気に襲われ、まぶたを閉じた。
暗い闇の中、自分の体が重い分ゆっくり下へ下へと落ちていく。
それは決して不快ではなく、むしろ心地がいい。
何も聞こえず、何も触れず、何も匂わず、何も見えず、何も味せず…。
ずっとこのままでもいい気になってくる。
そんなとき、背後から何かが近付いてくるのを感じた。
そして、覚えのあるものに触れ、更なる安らぎを与えてくれた。
全てを優しく包み込んでくれるかのような、すごく細い繊維の集合体。
ようやく会えた。
これは、僕の魔力だ。
少しの間、感動に浸っていると、徐々に魔力が小さくなっていることに気が付いた。
まさか、魔力が尽きようとしているのか!?
つまり、僕の寿命は残り僅か━━。
ふざけるなと言わんばかりに、僕は、魔力の繊維をかき分けて無理矢理中へと潜っていくと、一瞬、意識が飛んでしまった。
目を覚ますと、自分の目が後ろにもあるかのように、周りの魔力を感じ取れるようになっていた。
体の隅々まで神経が伝わったかのように、なんとなく自分のいる世界が縮小されていく感覚があり、これが恐らく、自分の魔力が弱ってきているということなのだろうと解釈した。
そうはさせないと、僕の体から今出せる分の魔力の糸を伸ばし、360度周りに浮遊する魔力を吸収しはじめる。
ここら一帯、魔力が満ちているおかげか吸収スピードがだんだん早くなっていき、僕の魔力も膨れ上がっていくのがわかる。
体中にあった生傷が全て塞がり、とても清々しく、意気揚々となんでも出来るような気持ちになっていった。
ところが、急に頭の中で妙な映像が流れ出した。
犬と戯れる子供、女性との食事、中年親父達の賭け事━━。
明らかに身に覚えのない、会ったことのない者達との記憶が次々と脳裏に浮かんでくる。
なッ何だこれは!?
一体、何が起きて━━。
やがて、頭が何度も回転したかのように目が回り、側臥位になって胃の中にあったものを全て吐き出した。
これは、戦場で死んだ兵士達の記憶!?
まさか、魔力は生命が今まで生きてきた記憶を記録することも出来るというのか!?
新しい映像がフラッシュバックして何度も切り替わり、勢いが止まらなかった。
もし、そうだとすれば、ここで死んだ何百、何千人の魔力を
体が激しく痙攣しはじめ、
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