━━ 四節 ━━

朝、山から陽が差しはじめ、いつもと変わらぬ町の風景を照らす。


スーガが、眠たそうにあくびをしながら宿舎から出てくると、埃と汗と擦り傷だらけのハルカの姿に目を見開いてしまう。


足元には、手軽なリュックがあり、いつもと違う空気を漂わせていることに気付いたようだ。


「…どうした、こんな朝早くに」


「スーガさん」


ハルカは、彼に深く頭を下げ、声を震わせながらもはっきりと伝える。


「今まで御世話になりましたッ。

右も左もわからない身寄りのないオレを拾っていただいてッ、厳しく接し、いつも見守ってくれてッ、とても感謝していますッ。

オレにとってスーガさんは、近くて遠い憧れの存在でしたッ!!

オレは、スーガさんに出会えて、本当に幸せ者でしたッ!!」


「…そうか」


スーガは、初めて会った頃のハルカの姿が重なって見え、沈黙が支配する空気の中、ポケットに手を突っ込み、落ち着いて口を開く。


「時間ってのは早いもんだな。

あんときのガキが今、オレの前でいっちょ前なこと言いやがる。

ってことは、もう面倒な御守りをする必要はなくなったわけだ」


皮肉を言い放つ彼に、ハルカは、ゆっくり顔を上げる。


「ガキを育てるなんて、オレには荷が重すぎたわ。

何処さでも行け」


そう言い残し、中へと入っていった彼に、再度頭を下げる。


静寂の部屋の中で遠ざかっていく足音に耳を傾け、ドアに寄りかかりながら、深くため息をするスーガだった。




聖堂へと向かうと、先に来ていた職人達が何やらざわついていた。


「どうした、お前等」


「あッ! スーガさん、ちょっとこれ見てくださいよ」


スーガの存在に気付いた職人が、彼が通れるように道を開けると、そこには、一からやり直す予定だった足場が、聖堂を見事に囲んでいたのだ。


「こいつァ、一体…」


「いやァ、オレ等もついさっき来たばかりで何が何だか…。

でも、これで当初の予定通り作業が進みますよ」


この光景を目の当たりにしたスーガは、全てを察して鼻で笑う。


「達者でな」


その場にいない者に対して、ボソッとそう呟いた。




━━その頃、2人は町から大分離れた場所まで歩み、自分を成長させてくれた故郷に別れを告げる。


「ありがとう、ございました…」


小さくなっていく町を、名残惜しそうに見つめる。


「…やっぱり、寂しい?」


「ちょっとね、でも━━」


オレは、ヒヨリに手を差し伸べる。


「これからは、そばにいてくれるんだろ?

“姐さん”?」


一瞬、耳を疑ったが、その言葉に感激して、彼女はその手を握り返す。


「もちろんだよッ! ハルちゃんッ!!」


満面の笑みを浮かべながら、2人はこの時をもって“姉弟”となったのだった。




━━ 第一章 完━━

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る