━━ 三節 ━━

外はすっかり暗くなり、あちこちの家に明かりが灯る。


オレは、黙々と歩いていると、前から職場の親方連中の姿が目に入った。


「おッ! ハルカじゃねェか!!」


「…、お疲れ様です」


軽く挨拶を済ませると、全員酔っていて良い感じに出来上がっていた。


「ハルカ、大丈夫か? 皆心配してたんだぞ!」


「えッ何で━━」


「お前、最近ちゃんと美味いもん食ってねェだろ!?

毎日あんだけ動き回って、その上、あのクソザルにしごかれてよ。

身が持たねェって!」


オレの肩を組み、口からキツいくらいアルコールの臭いを漂わせながら、ある親方が、ここだけの話をしはじめる。


「スーガさんもあのときキツいこと言ってたけど、作業中ちょいちょいハルカのこと気にしてたんだぞ」


「スーガさん、が…?」


「ああ、あの人口下手だっつーのもあるけど、現場の指揮もとらなくちゃならねェから、立場上ああするしかなかったんだ」


そのとき、ふと、ヒヨリの言葉を思い出した。


“どんなに酷いこと言われても、どんなにキツいことされても、ハルちゃんの仕事に対する真っ直ぐな姿勢は、周りの人達が一番分かってるんじゃないかな。”


いつの間にか、オレは、人との間に垣根を設けていたのだ。


「一人で何でもかんでも抱え込むなよ。

オレ等で良かったらいつでも相談にのるし、迷惑をかけちまうなんて一切思うなよ」


「現場にお前がいるといないとでは、オレ等のテンションも全然違うんだからよ」


尊敬する人達に囲まれ、背中を強く叩かれる。


頭の足りないオレにとって、言葉にすることの出来ないものが、体の奥底から込み上がってくるのを感じた。




━━町から少し離れた丘で、オレは座って黄昏ている。


あれから親方達と別れ、一人になるために町の光を一望出来るこの場所へと足を運んだのだ。


「だ~れだ?」


後ろから急に目隠しされたが、動じずにむしろ鼻で笑ってしまった。


「ヒヨリさん、でしょ?」


「あッ! 大正解! よくわかったね」


ヒヨリは、大袈裟に喜んで見せて隣に座り込む。


「さっきはゴメン、あんなこと言って…」


「大丈夫だよ。

疲れが溜まってて周りが見えなくなってたんだろうし、あんなショックなことがあったばかりだもん。

誰だって心が不安定になるよ」


申し訳なさそうなオレに、穏やかに返すヒヨリ。


「さっき、他の親方達に会ったんだ。

ヒヨリさんの言ってたとおり、皆、知らないところで、オレのこと見ててくれてたんだ」


自分が、どれだけ周りの人達に恵まれていたのかを初めて痛感させられた瞬間だった。


「あれだけ必死な背中を見せられたら、何も思わない人なんていないよ。

ましてや、アタシよりも長い間それを見てきた人達なんだよ?」


ヒヨリに改めて言われ、ますます自分の不甲斐なさに反省してしまい、下を向いてしまう。


「でも、これでわかって良かったじゃない。

ハルちゃんの日々の努力は、決して無駄じゃなかった」


下唇を噛み締めるオレに、優しく告げる。


「…捨てられた・・・・・んじゃないんだよ・・・・・・・・


最後の一言で、糸が切れたかのように目から大粒の涙がボロボロこぼれ落ちる。


ヒヨリは、何も言わずに側に寄り添う。


彼女の行動に一瞬躊躇ったが、溢れ出る感情を抑えられず、そのまま泣き崩れてしまった。




しばらくして、オレは目のまわりを真っ赤にして落ち着きを取り戻した。


「アタシね、家族がいないんだ」


ヒヨリが沈黙を破り、重い一言を口にする。


「だから、家族に近い愛情を注がれてるハルちゃんがすごく羨ましい」


「そんな、オレだって昔の記憶が無いんだし、家族って何なのかイマイチ理解出来てないのに…」


「じゃあさ━━」


勢いよく立ち上がり、両腕を広げる。


「姉弟になろうよ、アタシ達」


「えッ?」


彼女の衝撃発言に目を丸くする。


「アタシは、家族に憧れている。

ハルちゃんは、家族を知らない。

なら、姉弟になって、これからお互いに家族というものを学んでいこうよ」


そして優しく笑みを浮かべ、自信満々に胸を強く叩く。


「大丈夫。

この先、どんなことあってもアタシがついてる。

お姉ちゃんが側にいるよ」


何気無い台詞の中に、強い意志を感じさせられ、どこか心強くもあった。


「…っていうか、姉なの? 妹じゃなくて?」


「えッ、お姉ちゃんだよ!! こう見えてピチピチの18歳だもんッ!!」


「こう見えて…って、中身がおさな━━」


すると、ヒヨリの背後から古い生地をまとい、人の形をした化け物が現れた。


辺りは暗くて直前まで気付くことが出来ず、化け物は、彼女の首筋に歯を突き付けた。


しかし、ヒヨリは何事も無いかのように一切動じず、むしろ噛みついて離れない腐った頭蓋を掴み、鈍い音で砕いてしまった。


そして、力尽きたのかその場で崩れていく。


オレは、その光景を目の当たりにして呆然とする。


「ヒヨリさん、平気なの?」


「うん、アタシ普通の人より何倍も体が丈夫なんだ」


「そッそうなんだ…」


突然の出来事に頭がついていけず…。


そんな中、死んだハズの化け物が外れかけの下顎を揺らしながら、ヒヨリの足首をしつこく掴みかかる。


「“腐人”って初めて見る?」


「ああ、遠くからなら何回か…」


「腐人は、人間が死後何時間、何日後、何年後かに甦る魂の脱け殻。

意志は無く、ただ本能のままに生き物を襲うの」


説明しながら腐人を蹴飛ばし、それでも離れようとしない肘までしかない手を無理矢理引き剥がす。


辺りを見渡すと、茂みの中からゆっくり腐人が何体も姿を現し、ヒヨリは、目の前の相手に身構える。


「さっきも見たように、頭を潰そうがバラバラにしようが終わることはない怪物なんだけど…」


「じゃあ、さっさと逃げ━━」


「駄目だよ。

今逃げたらこいつ等は町に入って人を襲う。

ここで足止めをしないと…」


一体が手を伸ばし、ヒヨリに襲いかかろうとするが、回し蹴りで腰の骨を折られ、地面に倒される。


しかし、胴と脚が個々の生き物かのように、地べたを這いずり迫って来る。


「ハルちゃんッ! 家に戻ってアタシの槍を持って来て!!」


「槍ッ!?」


「こいつ等は銀が弱点なの!!

アタシの槍の刀身は銀で出来ているから、それさえあれば一掃出来る!!」


“銀”…。


要は、銀の成分が入っていれば何でもいいってことか。


一か八か、やってみるしかない。


オレは、地面にしゃがんで両手を構える。


その様子を、ヒヨリは後退りしながら伺う。


「何やってるの!? 早く取りに━━」


そのとき、オレの手に砂が徐々に集まり、次第に液状化しはじめた。


「これじゃ足りない、あとちょっと…」


ブツブツ呟きながらも、砂は液体へと溶け込まれ、なお止まらず。


その光景に見とれていたヒヨリの隙を見て、腐人が彼女の腕に噛み付く。


しつこいと言わんばかりに抵抗し、何体か前に押し返していると、いつの間にか一体だけゆっくりの足取りで町の方へと向かっていた。


「しまッ━━」


次の瞬間、銀柱がものすごい勢いで飛んでいき、先に向かった腐人の肩甲骨を貫いた。


腐人は、痺れているかのように身体を痙攣させ、やがて動かなくなった。


地面に深く刺さった銀柱は3m以上あり、支柱の所々に凹凸がいくつもある。


オレがそれに触れると、まるで粘土をこねているかのように銀柱の形状が変わっていった。


ジャッキウェッジ


そう呟くと、細長い棒の先に平らな四角い面が直角に出来上がる。


それを両手に一本ずつ持ち、残りの腐人へと駆け抜ける。


一体ずつ確実に頭を割っていき、初めて使う武器を馴染みのある形にしたことで見事に使いこなしてみせ、そんな勇姿を、ヒヨリは立ちすくんで見ていた。


そして、双方向から来る腐人に対し、次への武器へと形を変える。


ビームウェッジ


両腕を広げると、まるで翼が生えたかのように伸びていき、2体の腐人を突き抜けた。


10体近くいた腐人を一人で倒してしまい、オレは、荒く吐く息を整える。


「…ハルちゃん、それって」


「錬金術だよ。

ただ、オレなりにアレンジしただけなんだけどね」


手のひらで練り動く塊を見せながら説明する。


「地面に含まれている微量の自然銀を何とかかき集めて、馴染みのある物に錬成してみたんだ。

錬成できる分の銀がなかったらどうしようかと思ったけど…」


次第に、オシャレな細長い銀細工のチェーンに形を変え、腰まわりに下げてみる。


「とりあえず、一件落着…」


顔を上げると、彼女が何か言いた気な表情を浮かべていた。


オレはそれを察し、静かに気持ちを固める。


「わかってる。

でも、最後に━━」




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