Ⅲ 天才が作りしパスタ
「フフン! 余の辞書に〝おいしい〟以外の言葉はないのであ~る!」
自慢のカレーに興奮隠せぬ釈迦の反応を見て、満足げな様子で拳を天に掲げるナポレオンであったが……。
「ワーハハハハ! ガリアの田舎者が片腹痛い! フランス料理もそもそもは我がイタリアの影響を受け発展したもの。西欧料理の根本は偉大なるローマ帝国の精神を受け継ぐ我らイタリアにあり!」
その勝利の美酒の酔いを醒ますかのように、ゆったりとした黒のローブを身に纏い、長い白髭を蓄えた白髪の老人が甲高い笑い声を周囲に響かせた。
「吾輩が祖国イタリアの粋を集めた究極のカレーを味合わせてしんぜよう!」
ずいぶんと大きな口を叩きつつ登場したこの老人――彼こそはイタリア・ルネサンス期が生んだ万能の天才、美術、音楽から建築、物理学、天文学に至るまで、ありとあらゆる方面でその才能を発揮したレオナルド・ダ・ヴィンチである。
「今回はイタリア国旗に使われている赤・白・緑の三色を各地の名産品で表すという趣向を凝らしてみたが如何かな?」
ダ・ヴィンチは続けてそう語りながら、自作の独りで勝手に走るワゴンに載せてカレー料理の皿を釈迦の前へと運んで来る。
「なるほど。確かに三色の
釈迦が目の前に置かれた皿を見ると、赤みの強いカレーの上に削った白いチーズと細かく刻んだ緑色の葉が降りかけられているが、そのルゥの下に見え隠れするのはお米ではなく、小指程の太さのある縦縞の刻まれた筒状の物の集合体だ。
「左様。イタリアと言ったらやはりパスタ! 中でも我が故郷フィレンツェの名物カレッティエラ――別名アラビアータとも呼ばれる激辛パスタ料理で使われるペンネを用いておる。辛いカレーに合わせるならばこれだと思うての」
興味深げにその筒状パスタを見つめている釈迦に、ダ・ヴィンチは我が意を得たりという様子で得意げに解説を加える。
「カレーも同じくフィレンツェはトスカーナ名産の赤ワイン、キアンティ・クラシコで名物牛キアニーナの挽き肉と生ベーコンのパンチェッタ、さらにトマトの希少種ピエンノーロとポルチーニ茸を煮込み、カラーブリア産激辛唐辛子と各種スパイスでカレー味に仕上げておる。その上にかかっておるのはローマのカルボナーラで使われる羊のチーズ、ペコリーノ・ロマーノと、ジェノバの名物パスタ、ジェノベーゼにたっぷりと入っておるフレッシュなバジルじゃ」
「この三色はその食材の色なのですね。まさしくイタリア各地の味を合わせたカレー。では、お味を拝見……」
シェフさながらに料理の説明をするダ・ヴィンチの話を聞き終わると、今度はテーブルに用意されたフォークを手に取り、合掌してペンネを一つ、チーズやバジルとともに口へ運んで味見をする。
「…っ! なんですか、この頭のてっぺんを突き抜ける強烈な辛さ! それでいてただ辛いだけでなく、後から来るワインの酸味と仄かな甘み。さらに濃厚なチーズの旨味と爽やかなバジルが複雑なコクと香りを作り出し……これはなんというBuono! 口の中でヴェスヴィオ火山が大噴火や~っ!」
次の瞬間、それまで以上に釈迦の両眼と白毫が見開かれ、頭の螺髪(※巻き毛)の一つ一つから熱い蒸気が噴出すると、赤・白・緑三重の光背を背負った釈尊は某グルメリポーターのような口調で感嘆の言葉を発した。
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