Ⅱ 余のソースに不可能はない

「オーホホホホホ! これで我が大英帝国がカレーの海をも制すること決定でございますわね!」


 自国のカレーを褒め称える釈迦に、ヴィクトリア女王は優雅に羽団扇を揺らしながら、高笑いをサロン中に響かせる。


「フン! 料理がアレ・・なイングランドがなに戯言を……余の辞書に〝不味い〟の文字はない! 世界三大料理の一つ、我らがフランス料理のカレーこそが世界一のカレーである!」


 だが、そこに待ったをかけ、鼻で笑う背の低い男がいた……誰もが知るフランスで最も有名な英雄――ナポレオン・ボナパルトである。


「フランス料理の基本はソース……カレーもソースと見なすならば、自然、我らのカレーが最上の味にまで高められるのは道理……さあ、その不味いカレーの口直しに、どうぞこの鴨肉のコンフィ、カレーソース添えをご賞味あれ!」


 ニ角帽に金糸の肩章の着いた白と紺の軍服というお馴染みのスタイルをしたナポレオンは、さっそうと鴨肉のコンフィ(※低温の油で煮る料理)の載せられた皿を釈迦の前に置くと、その上におたまで琥珀色のカレーソースを華麗なる動きで降りかける。


「あのお、ライスが見当たらないようですが……」


 なんとも美味しそうなフレンチの一皿ではあるが、釈迦は施無畏印的な格好で手を挙げると、前の英国カレーと違ってライスのよそわれていないことを遠慮気味に指摘する。


「Non! Non! フランスと言えばパン! 世界一の味を誇るこのバゲットを付け合わせにどうぞ、ムシュー」


 だが、ナポレオンは軍服の白い胸を威風堂々と張り、切り分けて駕籠に入れられたフランスパンを手に取るよう釈迦の前へ差し出す。


「なるほど。ライスではなくパンで食べよというのですね。確かにインドでもナンやチャパティーとともに食しますからね。それでは、いただきましょう……」


 そんなナポレオンの言動に納得すると、釈迦は掌にバゲットを一切れ乗せ、片手で料理を拝んでから、バゲットにカレーソースを浸けてその口へと運んだ。


「おおお! これはまたなんと濃厚で複雑な味! なんでしょう? この華厳経に説く世界のように底のなく無限に広がってゆくコクの正体は!?」


 今度は琥珀色のオーラが釈迦の身体より周囲に広がり、見開いた眼の上に輝く白毫(※額にあるホクロみたいに見えるやつ)からは黄金色の光が三千世界の遥か彼方まで放たれた。


「牛肉と各種の野菜、キノコを入れて一晩煮込んだブイヨンをベースに、アルザス産の白ワインと生クリーム、裏ごししたペリゴール産フォアグラを混ぜ合わせ、モロッコから取り寄せた数種の香辛料で味付けをしているのですよ、ムシュー・シャカ。さあ、鴨のコンフィもともに召し上がるのである!」


 軽く想像の上を行くその味に衝撃を覚える釈迦に対し、ナポレオンはさらなる極上の食し方を間髪なく勧める。


「では、大切な命を提供してくれた鴨さんに感謝をしつつ……ほお! パリパリの外側にほろほろと解れる柔らかな中の肉! それにカリっともっちりよく焼けたバゲット! それらがこの濃厚なカレーソースで一つに融合し……これは、なんともC`est tres Bonです!」


 その鴨肉とパンとカレーの相まった究極の味に、叫ぶ釈迦の白毫からは一際眩い光が四方へと放たれ、十万億土の片隅までをも浄土の如く照り輝かせた。

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