カレーなるサミット

平中なごん

Ⅰ 女王の愛したカレー

 ここは、天界に存在する歴史上の偉人達が集うサロン……。


 今、このサロンでは、辛うじて保たれている各国の協調を乱し、再び世界を戦争の渦に巻き込みかねない、きわめて重要かつ繊細な、解決の非常に難しい論争が英霊達の間で起こっていた。


 そう……どこの国のカレーが一番おいしいのか? という厄介な問題である。


 無論、発祥の地であるインドは別格であり、その番付の枠外に置かれているので今回の争いには参加していない。


 インドから全世界へと広がり、各国で独自の発展を遂げたカレー料理における争いなのだ。


 そこで、インド出身の最大の偉人といえばこの人、仏教の開祖・釈迦牟尼尊者――本名ガウタマ・シッタールタを議長兼審査員として、「我が国のカレーこそは!」と思う国の代表達がご自慢のカレーをプレゼンし合い、世界一を決める頂上会議サミットが開かれることとなった。


「やはり、インドに次ぐカレーの大国と言ったら我がグレートブリテンを置いて他にないですわ!」


 先ず名乗りを上げたのは、かつてインドを帝国の一部とし、その強大な海軍力により七つの海を制して世界に〝カレー〟という名の料理を広めた立役者、大英帝国のヴィクトリア女王である。


 特に彼女の治世はヴィクトリア朝と呼ばれ、産業革命を背景に最も英国が光り輝いていた時代だ。ちなみにかのシャーロック・ホームズが活躍したのもこの頃だったりする。


「我が英国のカレーは海洋国家らしく、波に揺れる船の上でも鍋からこぼれないよう、小麦粉でとろみをつけてありますのよ。ゆえに日本の海軍カレーなど我が国を見習って作られるようになったものは、現在においてもとろみ強めのカレーなのですわ!」


 豪華な白いシルクのドレスを身に纏い、鼻高々かつ声高にそう嘯くと、彼女は釈迦の前に置かれる白クロスを敷いたテーブルの上へ一皿のカレーをドン! と豪快に置いてみせる。


「おお、確かに今の衝撃でも皿からこぼれない。シャバシャバしたインドのカレーとはだいぶ趣が異なりますね」


 その本来のカレーとは異なる海軍仕様の英国風カレーを、釈迦はアルカイック・スマイルに目を細めてマジマジと見つめた。


「そして、わたくしの大好物は、これにレモン汁をかけて食べるスタイルでしてよ。その名もずばり〝ヴィクトリア・カレー〟!(※実話です)」


 その焦げ茶色のカレーの横に添えられた白いライスの上に、女王はさらに手づから半分に切ったレモンを絞り、酸味の強いその果汁をたっぷりと存分に振りかけた。


「さあ、ご遠慮なく召し上がれ」


「では、いただきます……」


 自信満々勧めるヴィクトリア女王に、釈迦は合掌すると銀のスプーンで一匙、ルゥとライスをバランスよく合わせて掬い、静かにその口へと運ぶ。


「おお! これはなんとも爽やかな! 目を閉じれば煌めく太陽の下、鮮やかな黄色い実をいっぱいに付けた一面のレモン畑が瞼に浮かぶようです!」


 その瞬間、細い目をさらに細めた釈迦は恍惚の表情を浮かべ、背後からはレモン色をしたオーラが放射状に広がってゆく。


「それに、この柔らかく煮込まれた牛肉と野菜がとろみの強いルゥとよく絡み合い、インドのものとはまた違う、なんともDeliciousなカレーです」


 さらに二口、三口と味見した釈迦は、レモン色の光背を輝かせながら、アルカイック・スマイルをもっと柔らかい表情に綻ばせた。


 ※注 本来の釈迦の教え(初期仏教)では、自身の手による殺生はもちろん禁止ですが、施し(乞食こつじき行)でいただいたものは肉だろうが魚だろうが生臭ものも気にせず食べていました。その証拠に釈迦の死因は、施しでもらった豚肉が悪くなっていてあたったためだと云われています(※事実です)。

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