死印(桔梗/時計草)


 九月一三日。


 それは世界のバグ。

 それはあらゆる生命が誕生する日。

 それは多くの生命が眠りにつき旅立つ日。


 ──それは、この世界の生と死がもっとも色濃く交わる日。



 桔梗様はこの日が一年のうちでもっとも苦手な日だと仰っていた。



「時計くん。全ての生命に共通する死因はなんだと思う?」

「共通する死因? 老衰──いや、それだと事故や自殺があてはまりませんね……」


 この問いかけの意図は、桔梗様が望む答えはなんだろうか。

 思案していると、神は私を答えに導いてくださった。


「答えは『生を受けたこと』だ」

「生を受けたこと……」

「そう。咲かない花はあるけれど、枯れない花はないようにね」


 そう仰ると神は、目の前の花瓶に生けてあった花束を全て握りつぶされ、花弁を散らす。


「生には苦痛が伴う。全ての生命は死ぬために生まれ死ぬために苦しむ。──そして死の先には何もない」


 わたしたちのような魔物とくべつを覗いてね、と微笑する神の御心みこころを察することは私には難しかった。


「死という虚無へと沈むためだけにこの世に産み落とされ苦しみ歩む。にもかかわらず生命はその誕生をあたかも素晴らしいものであるかのように祝福するんだ。


 ──実に哀れで滑稽じゃないか。


 彼らを生の苦しみから解放するには死に導いてやるほかない……」


 そう思うだろう? という神の問いかけに素直に同調する。現に私も、死して救われた身なのだから。


 私は手の甲にある八花弁の紋様に手を添える。

 八花弁──これは桔梗様の『家族』の証死の印だ。


「神よ。どうか我々と、生きとし生けるもの全てを、死という安寧にお導きください」



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