虎と鮫に喰われる(リグル/ヒサメ)

◇リグルとヒサメが出会ってすぐのお話◇


「へーぇ、星名ホシナくんは刺青入れてないんだな?」

「ぅ……、っ」


 腹の傷をなぞられ、思わず変な声を漏らしてしまう。

 俺の飼い主まこさまの友人だというヒサメという男は、その無骨な指先でなぞるそれを面白がっているのがわかった。


「チッ、今どき墨入れてるヤクザの方が珍しいですよ」

「そうなのか? 咲良くんは入れてるからてっきり……ってもしかして痛い?」


「痛い?」なんて悪意のない顔で聞いておきながら、ヒサメ先輩は腹の傷をぐっと強く押す。激痛に今度は低い声が漏れた。


 ──頭おかし……この人も存外、加虐趣味をお持ちのようだ。


「ぅ、ぐ……痛いと、思うなら……触らないでいただけますか!」

「ははっ悪ぃ悪ぃ!」

「悪いとは微塵も思ってないような顔で仰られても、っんぐ……っ」

「にしてもひどい傷だな、どうしたこれ」

「……っ!!」


 故意に傷口を開くヒサメ先輩の表情はやはり屈託がなくて。それが己の中の余計に殺意を沸き立たせる。


「うぅ、はぁっ、はぁ……っ、三日前、まこ様に……」

「刺された?」

「『気絶するまで自分の腹を刺し続けろ』、と、命令され……」

「ハッハッハッ!!なんだそりゃ!?咲良くんらしー!!」


 ヒサメ先輩は腹を抱えて笑い転げる。あまりの痛みに私は睨みつけるので精一杯だった。


「悪いって!そう睨まないで」

「だからっ、悪いだなんて微塵も思ってないでしょう! ……そういうところが本当に──」


あのひとまこさまに似て嫌いだ』そう言いかけたが、あの人を引き合いに出すのもなんだか負けた気がして腹が立つから。


 俺はその言葉を舌打ちに変えて飲み込んだ。

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