慰めの花(桔梗/待雪)

◇エゴイストのお話◇

※残酷描写



 数日前出会った黒髪黒目の友人。

 植物に詳しいらしく、ここ数日わたしは彼女が淹れてくる薬茶を飲みながら、その会話を楽しんでいた。


 彼女はとても聡明で快活で、ずっと話していても飽きない。

 だが不思議と『家族』にしてしまおうという気持ちにはならなかった。



「桔梗さんって変わってるわ。そのお茶すっごく体にはいいけど、癖が強いでしょ」

「そうかな、わたしは好ましく感じるけど」

「この前娘が熱を出した時に淹れてあげたら、『これを飲むぐらいなら病気のままでいい!』ですって!」

「おや、娘さんがいるのかい」


 やり取りを想像して思わず苦笑する。

 きっと娘も彼女によく似た黒髪黒目の美しい子どもなのだろう。


「名前を聞いても?」

「雪白っていうんです。待雪草みたいに可愛くて、そこにいるだけで周りを笑顔に出来る子で」

「雪白? ……白い雪……」


 白い雪ブランネージュ

 もう二度と会わないであろう大切御方を思い出した。


「桔梗さん、どうかしました?」

「ん、ああ、すまないね。似た名前の子が知り合いにいたのを思い出して。──雪白、とても良い名だ」

「ふふふ、ありがとう」


 その後も少し話し、日が傾き始める頃、わたし達は別れた。


 明日も会えるといいな。

 今度は娘さん宛に何か持って行こうか。

 彼女と話すとなんだか調子が良い気がする。

 薬茶のおかげかな、今度作り方を訊いてみよう。


 そんな風にわたしは少し浮かれていたと思う。


 だからゆっくり森を散策してから居所に帰った時、出迎えてくれた息子達が泣きそうな顔をしている事に酷く動揺した。


「ああ、神よ、よくぞご無事で……!」

「どうしたんだい、みんなして。何かあったの?」

「この辺りで魔女狩りを行っている者どもが『白い悪魔と内通している怪しい者がいる、神の名のもと裁きを下さねば』と! 桔梗様がご無事で安心し──」

「なんだって!? いつの話だ!」

「えっ、と、ちょうど一刻ほど前聞いた話です」

「くっ、入れ違ったか……!」



 私は急ぎ足で再び友人の元へ向かった。





 §




 遠くで煙が上がっているのが見える。

 なんてことだ、異端審問はもう始まっているらしい。

 おそらく彼女はもう……。



 悪魔に堕ちて初めてできた友人だった。

 彼女は、私の容姿にも正体にも恐れをなすことがなくて。

 そんな彼女に対しては愛させたいとか、『家族』にしたいだなんて微塵も思わなかった。


 長くない付き合いだけど心が安らぐ相手だった。

 彼女の娘さんも今頃はきっと──




 ──『白い悪魔と内通している怪しい者がいる』


「わたしと、出会いさえしなければ、仲良くなんてならなければ……」


 今更無意味な後悔が心に突き刺さる。


 ふと耳をすませば、先方から誰かが走ってくる音と、金属を引きずるような音が聞こえる気がした。

 音の方向に目を向けると、手足に枷をつけられた傷だらけの少女が走ってくるのが見えた。



 彼女によく似た黒髪黒目。あの子はまさか──


「そこのきみ! 少し、いいかな」

「ひ、あなたは……?」

「こんにちは、わたしは桔梗。きみは雪白だね? 怖がらないで。わたしはきみのお母さんの友人だよ」

「──っ、あ、ああっ、お母さん、お母さんが……!!」

「わかってる、つらかったね。……助けてあげられなくてごめん」


 雪白の前にひざまずき、彼女の頬の涙と泥を拭ってやる。

 しばし彼女は、わたしの腕の中で縋るように泣き続けた。





 §





 ──彼女は悲しむだろうか。

 せっかく生き延びた愛する娘が、友人によって殺されてしまうことを。


 それとも怒るのだろうか。失望ならちょっと悲しいな。

 だってこれはこの子のことを思ってのことなのだから。



 異国出身で、身寄りもない少女が一人で生きていけるほど、この世界は優しくない。


 魔物の住処すみかに人間を置いておくこともできない。



 だからもう、こうする『家族』にするしかなかった。



「ごめんね、わたしの初めての友達。きっといつかきみのもとに、この子を帰してあげるから。少しの間だけ、わたしのそばに置かせてほしい。──自分勝手だとは思うけれど」



 するり、と一枚の花弁が頬を伝う。



「きみのことを、忘れてしまわないために」


 花弁は目前で眠る新しい『家族』の元に舞い落ちる。



 待雪。この子は私の慰めの花。

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