不幸な少年(ミセリア/桔梗)
◇生前の時計草くんと桔梗が出会うお話◇
僕は両親に売られた。
子供を得ることで食い扶持を減らし、金を手に入れる、この国の貧乏なヤツらにはよくあることだ。
売られた先はこの国の軍。
僕は買われたその日から兵士になった。
戦の絶えないこの国では、使い捨ての少年兵なんていくらあっても足りないらしい。
毎日、大人の軍人たちの食べ残した冷えた残飯と、衣服と呼べるのかすら怪しい汚れた布のみが与えられ、僕は命がけで戦場に立たされた。
──この日の戦はとても厳しいものだった。
適当な圧倒的戦力差を前に、軍人たちは僕たち少年兵を囮にして早々に撤退を始めた。
「最期までこの扱いかよ」
既に満身創痍で生きることを諦めた僕は、そう呟いた。
きっと死ぬのも時間の問題なのだろう。それくらい絶望的な状況。
その時。
「なんだ、あれは!?」
誰かの声。戦場の兵士達の誰かだろう。
ひどく驚いた様子で、その混乱は次第に広がっていくのを感じた。
空を見上げると翼の生えた白い『何か』が宙に浮かんでいる。
それは神というにはあまりにも禍々しく、悪魔というにはあまりに神々しい姿をした『何か』だった。
次の瞬間、僕の耳には大きな破裂音のような衝撃と大勢の悲鳴が聞こえた。
「!?」
思わず目を疑った。
その白い『何か』は、この場にいる僕以外のほとんどすべての人間を、その鋭く長い爪で刺し殺したのだ。
そして白いそいつはついに、僕の前にやってきた。
────殺される!!
生きることを諦めた僕だったか、大量虐殺を目にしたことで、死への恐怖感を感じてしまっていた。
「あ……ああ……」
言葉も出ないでいると、そいつは人間のような形に姿を変え、穏やかに微笑んだ。
その姿は、まるで本物の神様のようで。
「こんにちは」
「っ!」
たった一言に心臓を鷲掴みにされた気分。
怖いのに、そいつから目が離せない。
「わたしは桔梗。『家族』を探しているんだ」
「かぞく……?」
「きみはとても好ましい目をしている。神を信じていない目だ」
「神?」
その言葉につい、ハッ、と自嘲的に笑ってしまった。
「神なんているわけないだろ? もしいるとしても、僕をこんな酷い目に合わせる神なんていらない」
「そう、この世界の神は信用する価値がない」
そう呟くと、そいつは僕に手を差し伸べる。
「神なんていないというのなら、わたしがきみの神になってあげようじゃないか」
「……何言ってんのか全然わかんないんだけど」
「わたしの『家族』にならないか? わたしならきみをひどい目にあわせたりしない。きみを一生愛し尽くせる。きみは過去を全て清算し、
ロクな教育を受けていない僕には、こいつの言うことはやっぱり理解できなかったけど。
それでも。
それでも、もう、こんな苦しい世界で生きている意味なんてないから。
「わかった。お前の家族ってやつになってやるよ」
「ふふ、契約成立だね」
閉じていたそいつの目が開かれ、僕の記憶はそこで途絶えた。
§
時計草。トケイソウ。それが私の名前。
これは我が神である桔梗様に付けていた名だ。生前どんな名前だったかなんて覚えていない。
今日は桔梗様からお手紙を頂いた。
余りの尊さに感極まってすぐ気を失ってしまう私に配慮し、桔梗様はお手紙で会話してくださるのだ。(なんとお優しい!)
お手紙にはこう書かれていた。
『生前の自分を知りたいと思ったことはない?』
……何故、このようなことをお聞きになるのだろうか?
桔梗様と出会う以前の出来事など、私にとって意味などない。
私の世界には、桔梗様さえ、神さえいらっしゃれば良いのだ。
私はその旨を手紙にしたためた。
「ああ、我が神、桔梗様。貴方様のおかげで、私は今日も幸せです」
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