スイミングスクール
水曜日は大嫌い。
スキンヘッドにサングラスのちょっと怖いおじちゃんが、送迎バスの運転手。
ぼくは、友だちのSと、Sの弟と、三人で乗りこむ。
最後列のシートがぼくらの定位置だ。ここに座るのが憧れだった。高学年の特権だ。
Sは遊戯王が好きで、ぼくはデュエルマスターズが好きだ。
お互いにルールを教え合う。けれどぼくの地頭の悪さのせいで、説明してもなんだか伝わらないし、遊戯王は難しくて分からない。
つまらなくなったみたい。Sはドラゴンボールの話を始める。
ぼくは、ジャンプは大人の読物だと思って、なんとなく抵抗感が在る。Sの話は正直退屈だ。
漫画だったら、ドラえもんの話をしたいなあ。けれど、Sのつまらなそうな顔を又見るのは厭だなあ。
ぼくはいかにも興味深々といった風に相槌や質問を返す。Sが楽しそうに話しつづけるから、ぼくも嬉しい。
バスが着く。スイミングの時間だ。
ぼくは未だ緑の帽子。Sはとっくに青の帽子。
もうバタフライも泳げるんだって。凄いなあ。Sは。スポーツも勉強もできて、大人っぽい趣味も在って。ぼくじゃとても追いつけないなあ。
ぼくはSの弟と同じ初級コース。Sは二つ隣の上級コース。
初級では、ぼくが一番のノッポだから、凄く恥ずかしい。
ぼくは未だ緑の帽子。Sはとっくに青の帽子。
早く終わらないかなあ。終わったら、ママから貰ったお駄賃でセブンティーン・アイスを買うんだ。それからバスで、Sの話を又聞かなくちゃ。
時間、長いなあ、なんでこんなに長いんだろう。ぼく、なんで、泳いでいるんだろう。
バスが美術館前で停車する。Sに起こされて、びっくりする。おじちゃんに怒鳴られる。
──遅え!降りる準備しとけっつってんだろ!
猛ダッシュでバスを降りる。降りてすぐ、ママと、Sのお母さんが目に入る。
やっと水曜日の終わったことに胸を撫でおろす。うちの匂いのするエスティマの中で、ぼくは又眠る。
もう水曜日が来ませんように。そんなことママには言えないけれど。
2016年。千葉県の大学を辞めたぼくは地元大学に入学し直した。
コンビニでバイトもした。Sの母が頻繁に客として訪れた。ぼくの大学中退を、風の噂で耳にした様子だった。それから、訊いてもいないのに、Sの近況を話し始めるのだった。
──Sはね、(某国立)大学に受かって、今はオーストラリアに留学しているの。インストラクターのバイトもしてたのに、それも辞めちゃうんだって。おばちゃん、不安で一杯よ。(ローソク)君はもうずっと地元?お母様、安心ね。
ぼくはいかにも興味深々といった風に相槌や質問を返した。すると童心の、ポツリ、脳内で囁いた。
ぼく、なんで、泳いでいるんだろう。
了
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