夜道
ダクトから、フードコートの厨房のものと思しき悪臭の垂れ流される。
なにもこんなところに灰皿を立てなくたって良いじゃないか。或いは未だ灰皿の在るだけ有難いのかも知れない。
ショートピースの燃えて、短くなっていくのを見ながら、白壁に凭れかかる。
───まったく生きづらい世の中になりましたナ。
と、蜘蛛の這っている。
ぼくの喫い始めた当時、世間の嫌煙活動は既に、隆盛期に在った。
行きつけのサイゼリヤが全面禁煙になった。店の入口に「きれいな空気を守りましょう」と張り紙の為されて在った。
───それでどうして喫い始めたんですかイ。
───喫わなくても生きづらい人間は、喫うより仕方ないのです。
───さいですカ。人間に生まれなくて大変に、幸運でしたタ。
蜘蛛は植樹の陰に消え入る。
ぼくは悪臭に耐えかねてショートピースを棄てる。
夜道を、独り、辿っていく。
何メートルか先の暗がりに、光る物体の落ちている。車のライトに照らされて露になる。菓子パンの袋だ。ぼくは少し嬉しくなる。
トンネルの、ヴィレッジヴァンガードにティーシャツとして売られていそうなデザインの落書きは、屹度若者の反駁であったが、行政の手によってすっかり消されている。
道中、橋の欄干に凭れかかる。眼下をゴウゴウと、川の水の流れていく。
煙草でも喫ってみようかと考える。立て札が在る。
「路上喫煙禁止条例。違反者には罰金○○万円が科せられ………」
喫いませんよ。冗談ですよ。怖いこと言わないでくださいよ。ぼくはなにも、犯罪者になりたくて喫煙者になったわけではないのですよ。
半年前、ぼくは初めて、父の前で喫煙した。そのときも夜であった。
父は、自身も喫煙者であるからか、ぼくの喫煙を咎めなかった。ただ、やめられるうちにやめておけ、と言って、不味そうに水蒸気を喫うのみであった。
───なにを喫うんだ。
と父が訊いた。ぼくは、ピースと答えた。
───ピースは強いし……ジジのこともあるから……もっと軽いのを喫いなよ。
ピースはジジの愛飲銘柄でもあった。
生前、ジジは、肺癌に相当苦しめられた。父はジジの終末期によく見舞っていたから、苦しみ、絶叫し、窶れ、死していったジジの姿と、ぼくの未来とを、恐らく、重ねていたのだった。
アパートに帰って、鍵を間違えてしまう。表の電灯の切れている。ライターで手元を照らす。生きづらく、独り、只管に独りだなあと思う。どこもかしこも夜の道。
了
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