第8話 王様と小さな箱(1)

 遠い昔のお話です。


 ある国に王様がいました。取りたてて賢くも勇敢でもない、ごくごく普通の王様でした。国は何代も続いた王朝で至って平和でした。不作にみまわれることもなく、まつりごとは大臣たちが滞りなく行ってくれます。ですから、王様がすることは儀式を除いて特に何もありませんでした。


 さて、王様のお城には大きな宝物庫がありました。そこには御先祖様たちが集めた様々な宝物や絵画、古い書物などが収められています。王様はしばしばそこで時を過ごしました。絵や彫刻を眺めるのが好きだったのです。また、書物を読んで昔の人々に思いを馳せたりもしました。

 ある日、宝物庫で過ごしていた王様は何やら不思議な気配を感じました。辺りを見回すと、とある衝立に目が留まりました。向こう側に誰かいるようです。王様はひどく驚きました。ここに入ることができるのは王様だけだからです。


「何者か」

 王様は尋ねました。すると、衝立の陰から一人の美しい女が現れました。結い上げた黒髪に青白い光を放つ瞳、人間とは思えません。女は腕の中に何かを抱えていました。不思議な鳥たちや木々が彫りこまれた、みごとな細工の箱です。王様はその箱に見覚えがありました。先代の王である王様の父から受け継いだものです。

「これは祖先より代々受け継がれたものである。決して開けてはならぬ。」

 と申し送られていた品でした。そのため、一体中に何がはいっているかは王様にはわかりませんでした。

 女が口を開きました。

「私は天の使いです。かつて、あなたの祖先に預けたものを返していただきたい。」

 王様は悟りました。この国は王様の代で終わる、ということです。王様は深く溜め息をつくと答えました。

「それは、お返しいたします。天命とあらば、いたし方ありますまい。ただ一つお願いがございます。祭祀を行う者がいなくなると困ります。一族のものを誰か一人でも残していただけないでしょうか。」

「わかりました。天帝にお伝えしましょう。お聞き届けになるかどうかはわかりませんが。」

 天女は、そう答えると小箱を抱いたまま、煙のように姿を消してしまいました。

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