第5話 ザ・クリエイター

 台詞セリフを直せ、と言われた。これで985回目だ。僕はむっとして反論した。

「でも、スクールでは、こんな書き方は最低だと…」

 ディレクターはフンと鼻をならした。

「教わったことは忘れろ。我々が相手にしているのは、その最低の…いや、訂正する。視聴者は神様だ。神様が理解してくださるように書くんだ。」

「それなら、全編ナレーションいれましょうか。」

 ディレクターは首を振った。

「ダメだ。この間それをやったら、抗議が殺到した。『視聴者をナメるな!!』と」 

「おい、何千回改訂する気だ。俺のメモリー飛ばす気か。」

 3D仮想スタジオ内のこれまた仮想アイドルが怒鳴った。

 僕は言われた通り、シナリオを書き変えた。主人公の母親の病室のドアが開いて、長年音信不通だった父親(らしき人物)が登場するクライマックスから再開。まず、主人公の台詞だ。

「お前は、息子のマサハルじゃないか。なんと、父の若い頃にそっくりだ。」

「あなた」

「どうやら母は意識が混乱して父と間違えているようだ。先ほども言ったように、父は私が居場所を探し当てたときには既に他界していたのだ。」

「よし子…僕は、おじいちゃんのふりをした。おばあちゃんが安らかに眠れるように。」

「ありがとう、マサハル。私は息子の行為に胸を打たれた。涙が溢れてきた。本当に泣ける光景だ。」

 ディレクターは満足そうにうなづいた。「オーケー。で、次だが。」

 これ以上続いたら、頭の中が焼き切れそうだ。僕は通算996回目のため息をついた。


  番組放映後の反響は凄まじかった。僕はディレクターから感動した人々のメールの山を見せられた。

「感動した」

「癒された」

「号泣した」

 その他云々。気分がどっと落ち込んだ。ディレクターは僕の肩をポンと叩いた。

「この調子で次も頼むよ。」

 どうやら、これで僕の将来は決定されたらしい。永遠にあの連中向けの番組を作り続けなければならないのだ。考えるだけで憂鬱になった。

 ディレクターが僕の表情を読んで気休めを言った。

「大丈夫、ああいう視聴者もそのうち居なくなるだろう。いつか我々と同じまともな視聴者向けの作品を作れる日が来るさ。」

「何十年、いや何百年先になることか。その頃には、僕なんかとっくにお払い箱ですよ。」

 話しているうちにお腹がすいてきた。そう言えば、ここのところ満足な休憩も取れず、ほぼフル稼働だった。取りあえず、お腹に何か入れて少し休むとしよう。

僕はカバンの中に手を突っ込んだ。

「しかし、あれが我々の創造主だったとはな。」

 ディレクターがつぶやいた。

「何でも『人任せ』にしていると思考力も想像力も感性も退化してしまうらしい。」

「違います。『A.I任せ』ですよ。」

 僕は脇腹を開けてバッテリーを交換した。

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