第一説 出会いは薄味 2

 ちょうど1ヶ月ほど前、屋敷で私と父と母、それに父の友人を加えた4人で会食をしていた時のことだ。


「玲李、これまで本当によくやってくれた」

 父である黒喇楽斗こくら がくとは満面の笑みで感謝の言葉を伝える。

「お父様、私は黒喇家の長女として当然のことをしただけです。感謝など、する必要もございません」

奏太そうたが家督を継ぐまでの間、代理とはいえ当主と変わらない働きをしてくれてたんだ。本当に、感謝してる」


 日本社会を裏から管理・統制する組織〈天の啓示〉。それを支える5つの名家〈五指の福音〉に黒喇家は連ねていた。黒喇家は表舞台でも名を馳せており、主に資金提供や研究開発の部門で活躍している。

 

 父は弟の奏太に付きっきりで教授していた。当然仕事に手が回らなくなり、その応援として私は借り出された。

「そうそう、色んな所で名前を聞くぜ。黒喇の姫君は若いがとても優秀な奴だってな」

 そう言ったのは父の古くからの友人であり、〈天の啓示〉の幹部でもある坂梨逸樹さかなしいつき。度々こうして屋敷に来ては談話に花を咲かせる。 

「さて、玲李。これからどうしたい?」

 父は唐突に質問を振る。

「どうしたい…と言われても」

 今まで家の名を守るために必死だったので、終わった後のことなど考えてもいなかった。

「私に選択の自由なんてあるのでしょうか?」

 加えて私は上流階級の娘。自由などありえない。

「まぁ、そういう反応になるのは無理もない」

 父は苦笑気味に答える。そこに今まで黙っていた母、舞華まいかが会話に入る。

「実はね、前々から玲李にもっの外の世界に触れて欲しいと思っていたのよ。あなたは狭い世界のことしか知らないもの」

 母は微笑みながらそう答える。


(本当にいいのか?)

(何度も説得はしたんだ。でも聞く耳をもってくれないんだよ)

 父と坂梨は小言で話だす。どうやら坂梨もこのことは知っていたらしく、相談も受けている様子だった。


「あら、二人とも異議があるのかしら?」

 母は笑顔で二人に尋ねる。その声に二人ともビクッとする。


「あ…、いや、別に悪い考えではないとは思うよ、俺は、うん」

「そう…、そうなんだ、考えは、うん、別に」

 どこか歯切れが悪い二人。明らかに何か思うところがあるらしい。

「なら何が気にかかるのよ?」

 母は臆面もなく聞く。

「その…、指定した先がですね…」

「あなたの所属する〈天の啓示〉の下部組織じゃない。問題はないはずよ?」

……?何で坂梨はバツが悪そうなんだろう。しかも突然敬語を使いだした。そしてなぜ父は頭を抱える?

「昔私が所属してた部署に娘を預けるだけじゃない」

「!」

 母が昔所属していた部署?それはすごい気になる。母や父の昔の話は一度も聞いたことがない。

「フフ、玲李もその気になったみたいよ?」

 どうやら好奇心が抑えられず顔に出てたらしい。母は私に微笑みかける。

「舞華。別の部署でもいいと思うんだ、僕は。何も…」

「どう?行く気はある?」

「ええ!お母様が働いていた場所、とても気になります!」

「舞華?玲李?ねぇ?聞いてる?」

「よかった!坂梨さん?娘をどうかよろしくお願いします」

「ハ、ハイ…」

「どうしよう…ホントにどうしよう…」

 頭を抱える父と顔を引きつらせる坂梨を置いて、笑顔の私と母はしばし二人の世界を作る。

 それはとても気持ちの良い昼下がりの出来事だった。

 



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