第4話

 カップを手にし、ユスティナは一息にコーヒーを飲み干す。

 残っていた液体の熱さが、舌を過ぎ喉を刺した。遅れて鼻に、炭めいた匂いが伝わる。

 そのままカップを置いた。見かけよりは控えめな、木の受け皿ソーサーの衝突音。


「――第一、だ」


 言葉と同時に伝わる、舌への苦み。


「何で今日、期限の数日前なんだ」


 もっと早ければ。言ったも同然のその言葉は、かろうじて飲み込んだ。

 長年の仲でも、そこまで迂闊にはなれない。

 党と連帯に別れた今は立派になのだから。


「そもそもアメリカに連絡するなら、だ。そっちの出かけがてら、手紙なり電話なりでやればいいだろう」

「いや、そうしたいのは山々だが……まあこう、事情ってもんがな……」


 珍しく、マーシャの葉切れは悪い。


「なんだ。そちらならまともに聞く気はあるぞ、言ってみろ」

「……今日の朝、海外遠征から帰ってきたばかりなんだ」


 ユスティナは一瞬、言葉に詰まる。

 帰国早々、再度の出立。党が支配する監視国家が今のポーランドなのだ。そんな行動はわざわざ、疑ってくれと言うようなものだ。その事は無論、ユスティナにも察せる。


「実は、ちと眠い」


 思考を、ユスティナは走らせる。

 空港から市内までの距離。それ自体はさほどではない。最寄り駅こそ計画中だが、それでもバスがある。市内までせいぜい、30分と言ったところだ。

 路地のこの店までは十数分、となると1時間ほどだろうか。加えて、到着直後に「連帯」から連絡を受けたとして。直前のこちらへの連絡もある。昼下がりの今まで、ほとんど時間はなかったはずだ。気づく限り、矛盾はない。


「――ろ」

「あん?」

「ちゃんと寝ろ!」


 予想外に、大きな声が出た。


「今この場限り、協力はしてやる! だがこれが終わったらだ、きちんと寝ろ!」

「お、おう……分かった。いや、分かりまし、た……」

「――ならいい。目の前の課題、さっさと終わらせるぞ」

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