第3話

 懐から、マーシャは封筒を取り出す。

 差し出された紙は薄く、切手は貼られていない。

 一見して、無害なものとも思える。


「見るか?」


 わずかに悩み、その紙を受け取る。


「――いや、そうだな、先入観は良くない。穏当な可能性もあるからな。いま、読んでいいか?」

「ああ、もちろん。存分に読んでくれ、ただし他言無用フォー・ユア・アイズ・オンリリーだぜ」


 言い回しに気づかない振りをし、考える。

 手紙を閉じ込めた紙の封筒。

 下手に破ると跡形が増え、面倒になるかも知れない。

 その場で手段を、ユスティナは探す。


「少々、匂いはつくが――」

「ああ、構わないぜ」


 左手でカップを取り、そのまま封筒の端に近づける。

 しばらく湯気にあて、糊をゆるめた。

 カップを置き、準備は整う。

 破らないよう手紙の封を開け、中身の文面を確かめる。


 いわゆる、祝辞への返信と言っていい代物だった。


   我ら「連帯」は理想を希求し続け止まない

   ポーランドに自由を取りもどすその日まで

   倦むことなく統一労働者党の圧政に抗する……


 そこまで読み、テーブルに放り出した。

 おそらくは、他も似たような文なのだから。

 さほど危険な代物ではない。

 連帯リーダーの署名さえなければ。


「――おい」

「何だよ?」

「手を貸せる訳ないだろ! 立派に危険文書だ」

「授与先はウチの親玉だぜ、挨拶としちゃ無難な文じゃねえかよ」

「その話をだ、聞かされる党員の身にもなってくれ――」

「でもこう言うの、楽しいだろ」


 会心の笑みと言っていい表情。

 この顔を見た時、ろくなことがあった試しがない。


「親書をアメリカに送る任務。いいねえ、スパイ映画みてえだ」

「それを言うなら密書だ。それとスパイ映画”みたい”じゃない、スパイそのものだよ――」

「じゃあ、密告するか?」

「できるか、そんなこと」


 恐らくは、この幼馴染も承知のはずだ。

 情と惰性の入り混じる長年の付き合い。

 打算と言えば、打算ではあるのだろう。


「改めて探られでもしてみろ、いろいろ危うい」

「つまり、知ってて黙るんだな」

「マーシャ――」

「まあ今回ばかりは諦めて、ちっとは協力してくれよ。きちんとこっちの借りになる、これ以上の迷惑はかけねえ」

「とっくに、相当の迷惑なんだがな――」


 またしても、マーシャは笑う。

 悪戯めいた笑み。その表情に、どうにも弱い。

 それが己のアキレス腱と、分かってはいても。

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