コンビニより
あなたをずっと見守っていました。
何もない人生だと後悔されているようですが、私は知っています。
初めてできた友達と、この場所でお菓子を食べていましたね。もらったお小遣いでトレーディングカードを買い込んで怒られていたのも、つい最近のように思えます。
何人もの友達の中から、初めての親友ができたのも知っています。恋愛レクチャー本をネタに話をしながら、初めてできた片思いの相手を告白していましたね。
好きな人のことを語るあなたの目がキラキラと輝いていたのを、私はずっと忘れません。
成長していくあなたは、色んなことに戸惑っていたのを覚えていますか?
片隅のコーナーでうまくいかない高校生活に悩みながら、一人寂しくホットスナックをかじっていたこと。
大学入試を前にして夜食を食べながら必死に勉強していましたね。眠い目をコーヒーで開き、時にはシャーペンの芯を手に刺して頑張っていました。
その甲斐もあって入学したあなたは、いっぱいできた友達と大学生活を心から楽しんでいましたね。
合格のお祝いにお酒を買って、誕生日には大きなホールケーキを持って帰るあなたの笑顔は、私には眩しいぐらいでした。
就職した会社でのお仕事は本当に大変そうで、毎日終電帰りにおにぎりだけを食べているのを見て、体調を崩しはしないかと心配したものです。
でもそんな忙しい仕事の合間にもあなたは着実にキャリアを積んでこられらのです。後輩に指導しながら、プライベートでも頑張るあなた。
付き合っていた方とお酒を買って帰るあなたの安らいだ表情は、クリスマスイブで盛り上がる他の方たちとは違って見えました。
パートナーの方と手をつないで結婚式の招待状を出しているあなたの表情には、これから始まる結婚生活の喜びと不安をないまぜにした顔があったのを、今も覚えています。
しかしそれは杞憂でしたね。結婚一年目のプレゼントを引き取っていったその翌日に、妊娠と出産のムック本を買ったのも見ていました。
お子さんが小さい頃は、お弁当を買っては帰っていきましたね。初めて見せてくれたお子さんの顔は、目尻があなたにそっくりで、笑った顔が瓜二つでした。
運動会に持っていくお弁当のお惣菜を冷凍食品にしていいのか話していたこと。同じ場所で試験勉強をしていたのを迎えに来たあなたの目尻には皺も浮かんでいましたね。
素敵な年齢の重ね方をしていると、私も羨んでいたものです。
独り立ちしたお子さんに送った食べ物。初めての給料で買ってくれた夫婦茶碗を受け取ったあなたの目には、涙が浮かんでいました。
二人暮らしに戻って、毎週金曜日のささやかなご馳走に合わせて飲むワインを買って帰るあなた。産まれたばかりのお孫さんに何を送ろうか、雑誌を見ながら悩んでいましたね。
亡くなられたパートナーのお墓に供えるお菓子とお線香を買うあなたの寂しそうな顔は、私も見ていて辛かったのを覚えています。
そしてあなたが――この場所でぐったりして倒れたこと。
後悔されているようですが、私は知っています。
あなたが一生懸命生きてきたことを。その断片を知っている私がそう思うのですから、周りのみなさんはそれ以上にあなたを立派な人だと思っているのです。
ですから、胸を張って旅立ってください。
心配は要りません。私はあなたのお子さん、お孫さんをずっと見守っています。
――いつも立ち寄ってくれた、名もなきコンビニより。
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