Chapter9 大怪我の男
翌日
都並は、往診カバンを持って、診療所の裏から路地を抜けた。診療所のある表通りとは違い、家が入り組んで建てられている。どこに入り口があるのかさえ判らない建物もある。そんな入り組んだ路地の角に、見慣れない人物が椅子に座って佇んでいた。フードを被り身動きすらしないその人物は、じっと都並の行動を監視しているようだ。その向かいにも地に座り込んでいる人物がいて、じっと身動きすらしていない。この二人の人物の奥に地下に入る階段が見える。
都並は、椅子に座った人物に近づいた。
「この先は、行き止まりだ。あんたが用のある場所じゃない」
耳元でその男が小さな声で呟く。
「私が用があるのは、君でも場所でもない」
威圧的な声で男は再び話す。
「では、何に用なんだ?」
いつのまにか、向かいにいた男が背後に立っていた。手には拳銃が握られている。
「そんなものをここで使うと、全てが無駄になるぞ? 私は医師だ、用があるのは怪我人と病人だけだ」
都並は、男たちを手で制し、奥の階段に向かった。
「おいっ! 待て」
都並は急いで階段を降りる。小さな電灯が灯された踊り場のドアを開けると、数人が銃を持って立ち上がった。
「だれだっ!」
薄暗い小さな部屋。一人がドアの横で銃を突きつける。もう一人、小さな少年が両手を広げその向こうの人物を庇っているようだ。
「私は医師だ。患者を診察に来た。それとも、私をこの場で射殺して、そこの人物が苦しみながら死ぬのを待つかい?」
「お父さんは、こんなことで死なない!」
都並は少年に笑顔で答えた。
「そうだな、名医が来たんだ、大丈夫さ。そう思わないか?」
少年の向こうで咽ぶように話す声が聞こえた。
「あなたは?」
「都並、この辺りじゃドクって呼ばれている」
「この街の医師は、確かジャラルと言う男だったはずだが?」
「確かにな。あんたたちが発射したロケットランチャーに当たって死んじまったよ。私は彼の最後の弟子さ」
奥の男は、二度三度咳をすると、少年にわきにどくように手で押した。
「申し訳ない。私は若い頃、ジャラルに命を救われたことがある。共に暮らしたことも学んだこともある。思想が違い立場が変わったが、私たちは友人だった。そうか、ジャラルは死んだのか」
「ところで、診察はさせてもらえるのか?」
男は頷くと、粗末な敷物の上に寝転んだ。
「ああ、勿論だ」
都並は男の前に膝をつき、男が手で押さえていた患部を見る。銃創が二箇所。右胸と左わき腹。右胸は浅くわきの下から抜けている。左わき腹が銃弾がまだ身体の中にあり、そのために化膿し一部が壊死している。
「あんた、後一日俺が来るのが遅かったら、ここで死んでいたぞ?」
「ジャラルを探させていたんだがな。死んだことを知らずに」
「おいっ、そこの! 診療所まで運ぶから手伝え!」
ドアの横にいた男は、にやついて都並に言った。
「そりゃ、無理だ。あんたをここから出すわけにも行かないし、ボスも連れて行くことは許さない」
「じゃあ、このまま何もせずに明日になったら間違いなく死んでいるぞ」
「か、構わん、このドクターの言う通りにしろ。どのみち、そう長くはもたんのは事実だろう」
「しかしっ」
都並は腰に手を当てて、二人を交互に見た。小さくため息をつき、ドアの男に向かって睨みつけた。
「助けたいのなら手伝え。外のやつらも呼んで来て、診療所まで運ぶんだ。裏を抜けて行けば人目にもつかない。さぁ時間が無いぞ?」
「ドクターの言う通りにしろ」
都並は、先に診療所に戻り、表のドアに『往診中』の札を掛けた。窓にカーテンを引き、外から見えないように遮蔽する。そして、裏のドアを開け待っていた。
しばらくして、簡易の担架で負傷した男が連れてこられた。少年と思っていた子どもは少女で、片時もそばを離れず、負傷した男に付き従っていた。
「そのストレッチャーの上に寝かせてくれ」
男たちは無言で指示に従った。ただ、裏口には銃を持った男がドアの向こうに立っている。
「すぐに始めるぞ。そこの! お前手伝え!」
麻酔薬を今まさに投与しようとした瞬間、ドアをノックする音が聞こえた。
「ツナミ、留守か?」
銃口が一斉にドアに向く。
―― 大丈夫、信頼できる友人だ
「ああ、ちょっと取り込んでてなぁ、どうした?」
「どうした?って、コーラに決まってるだろ? 一本くれよ」
「判った。ちょっとまて」
―― 彼を中に入れてもいいか? 外で騒がれても困るだろ?
全員が負傷した男を見つめた。男は小さく頷いた。
「ミツル、裏から回ってくれ」
「判った」
直後、裏のドアが勢い良く開いた。
「ツナミ、コー……、なんだ?」
「ちょっとな、ミツル今から手術をするんだ、手伝ってくれないか?」
「それは、いいが。この物騒な男たちはなんだ? ああっ!」
「ミツル、ただの負傷者だ。今は時間が無い。手伝ってくれ」
ミツルは、落ち着きが無くなったようにおろおろしていた。横たわる男はそんなミツルを怪訝そうに見つめていた。
手術は二時間ほどで終わった。体内に残された弾丸の摘出。負傷した内臓の縫合。壊死した細胞の除去。どうにか一人でやり遂げた。
「あとは、抗生物質がうまく効いてくれるといいんだがな」
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